―――あれから数ヶ月。

海外を飛び回るハルの活躍は日本にいても耳に入ってきた。

向こうでファッションに関する賞をいくつももらったとか、

ハルの写真集が、日本人として異例の売り上げを見せたとか・・・。

順調にモデルとしての地位を築いているようだった。

そして、私はというと・・・


「これ、頼んでた資料と違うわよ?」

後輩「え?あっ、先輩すみません!急いで作り直してきます!」

「急ぐのも大事だけど、まずは落ち着いて何が必要なのかまとめてから作るようにね

なんだって、準備が大切だから」

後輩「は、はい!分かりました!」


まだ初々しさの残る新人社員の女の子。

自分が入社したばかりの頃を思い出し、なんだか懐かしい気持ちになる。


颯太「かなでちゃん、今日も頑張ってるね!」

「あ、颯太先輩!私も、いつまでも新人気分でいられないですし、新しい後輩もできましたからね

まだまだ、頑張り足りないくらいです!」


グッと拳を作り、気合入ってますのポーズを決めてみせる。


颯太「なら、がんばるかなでちゃんに良いこと教えてあげよっかな

社内極秘アンケート調べだとあこがれの先輩人トップ10にかなでちゃん入ってるらしいよ」

「えっ、私がですか!?」

颯太「うん、優しくて頼れるって評判になってるよ」


颯太先輩はニコニコしながら私の肩を叩いた。


颯太「こっちに来た時は、右も左も分からない新米編集者って感じだったのに

時間が流れるのって、本当に早いよね~・・・」

「・・・先輩、珍しく年寄り臭いこと言ってますね」

颯太「俺だって、もう若くないからね」


なんて20歳そこそこにしか見えない童顔でシミジミする。


颯太「じゃあ、また!無理だけはしすぎないようにね!」


颯太先輩の背中を見送り、また仕事へと向き直る。



(・・・私も先輩とか呼ばれるようになっちゃったんだなぁ

ハルに初めて会った時は、この仕事もよく分かってなくて

ただ、ハルに認められたいその一心で、がむしゃらにやってたような気がする

・・・私、今のハルに釣り合えるだけの女になれてるかな?)


デスクに置かれた雑誌をペラッとめくる。

海外から取り寄せた、ジュエルの特集記事・・・。

そこに移っているハルの姿は本当に生き生きとして見えた。


(ハルも向こうで頑張ってる。私も・・・もっともっと頑張らなきゃ!)


よし!と気合を入れ直し私はまたキーボードをたたき出した。


数日後。

手の空いていた片倉さんをつかまえ、資料の整理を手伝ってもらっていた。


「すみません、こんなこと頼んじゃって」

片倉京太郎「いや、いい・・・。男手も必要だろうからな」

「本当に助かります。こうして資料もまとめておけば、仕事がスムーズに進むと思って

新人の子たちも、資料倉庫からなかなか戻ってこれないなんてこともなくなるでしょうし」

片倉京太郎「ふ、確かにな・・・」


片倉さんは口元を軽く上げ頷いた。


片倉京太郎「しかし、これこそ新人にやらせればいいんじゃないか?」

「そうなんですけど、自分の今までの経験を活かしたいって思っちゃったんですよね」

片倉京太郎「「・・・今までの経験?」

「普通に整理するのは誰にでも出来ますけど、よく使う順に並べたりとか・・・

そういうのは、新人の子には無理だと思うんです

・・・だから、私が!って言う、思いつきなんですけど

最近仕事が楽しくて、今のうちにやれることは何でもやってみようかなって」

片倉京太郎「・・・・・・・・・・」

「変ですか?」


黙ってしまった片倉さんが気になって、横目で伺う。


片倉京太郎「いや、お前らしくていいんじゃないか?」


そう言いつつどこか意味ありげな笑み・・・


「何か言いたそうですけど」

片倉京太郎「・・・椎名が最近、生き生きしながら仕事をしてるのは、誰の影響かと思ってな」

「え・・・・・」


片倉さんの言葉に、思わずドキリとする。


(ハルと付き合ってることは片倉さんに言ってないし・・・気付かれてないよね?)


平静を装いながら、資料をまとめていると・・・


プルルルル♪

プルルルル♪


ポケットに入れていた携帯が鳴りだした。


「あ、ちょっとすみません。・・・あれ、メールだ」


携帯を開くと、ハルからのメールが届いていた。

添付アリのマーク付きで。


(えーと、なになに?まさかのあの人に遭遇。すげーだろ・・・って何?)


不思議に思いながら、添付画像を開いてみる。

するとそこには・・・


「・・・・・あ!!」

片倉京太郎「どうした?」

「片倉さん見てください!ハルってば向こうでハリウッドスターと写メ撮ったみたいですよ!」


今、日本でも大人気のハリウッドスターとハルの奇跡のツーショット。

それが嬉しくて、片倉さんに携帯の画面を見せた。


片倉京太郎「・・・へぇ、よく撮れてるな」

「ふふ、ハルだって今じゃ海外で大スターなのに、この喜び方、一般人みたい」

片倉京太郎「その大スターと、メールのやりとりしてる自分はどうなんだ?」

「・・・・・!」


片倉さんは、ふっと小さく笑う。


(こ、これは・・・完全にバレてる!?)


「えーと・・・私、あっちの棚を片付けてきますねっ」


わざとらしい言い訳を残し私はそそくさと片倉さんの前から逃げ出した。


その日の午後。

大事な話があると、編集長に呼び出された。


「えっ、私が編集長ですか!?」

編集長「ああ、20代女性に向けたファッション誌を新しく創刊することになってな

先日の会議で、ぜひ君にやってもらいたいということになったんだ」

「そんな、私が編集長だなんて・・・」

編集長「最近の君の仕事ぶりを見て、君なら任せられると満場一致だったよ

どうだ、やってみないか?」


(・・・それって、私の仕事が認められたってこと?

ハルがジュエルの目に止まったみたいに・・・)


思いもよらない出世の話。

期待と不安でドキドキと静かに胸が高鳴ってくる。


「・・・はい!やらせてください!

今の私が、どこまでできるのかやってみたいんです!」

編集長「椎名ならそう言ってくれると思ったよ。・・・頼んだぞ!」


編集長の大きな手がポンと私の肩を叩いた。




ハル「・・・え?あんたが新しい雑誌の編集長に?」

「うん!今、その準備ですごく忙しいけど、かなりやりがいあるよ!」


久しぶりのハルとの電話。

ニューヨークとの時差は14時間。

つまり、私とハルは朝と夜が完全に入れ替わっていることになる。


ハル「へぇ、すごいじゃん。声を聞く限りじゃ、最近イキイキしてたもんな、あんた」

「ハルの方こそ大丈夫なの?相変わらず大変なんでしょ?」

ハル「まあ、こっちに来てもう半年だし仕事にも慣れたしな・・・どうってことねえよ」


そう言って笑うハルの声には少しだけ疲れが感じられた。


(私に連絡する時間を作るために無理してないと良いけど・・・)


ハル「でも、編集長となると、こうして話す時間がへりそうだな。今も少ねぇけど・・・」

「うん、でも・・・ハルとの時間が一番大事だよ

忙しくても、時間は作れるし話せる時にはこうしてハルと話したいな・・・」

ハル「かなで・・・くそっ、電話じゃなかったら抱き締めてるのに」

「ふふ、私だと思って受話器抱き締めてもいいよ」

ハル「あんたはこんなに硬くねぇし小さくねぇーだろ」


ハルは電話の向こうでおかしそうに笑った。


ハル「・・・悪い。そろそろ仕事に行かないと」

「あ、うん。・・・ねぇ、ハルお正月にはこっちに戻ってこれるの?」

ハル「あー・・・かわんねぇ。まぁ休みが取れたら、一度ぐらいそっちに帰るよ。じゃあな」


ブチッとあっさり電話は切れた。


「はあ・・・。もう少し話したかったけど、しょうがないよね」


(あと半年、我慢すれば、ハルはこっちに戻ってくる

でも、モデル修行が1年で終わるとは限らないし、何年も会えない可能性だって・・・)


静まり返った部屋の中で、急に不安な気持ちになってきた。


「ううん、ダメダメ!!ハルが頑張ってるんだから私も頑張るって決めたしっ!

よしっ、明日の会議の準備しようっ!」


さびしさを振り切り、持ち帰ってきた書類を広げた。


―――数日後。

いつものバールで私の出世お祝いパーティーが開かれることになった。

幹事は颯太先輩。

片倉さんや湊さんまで私の出世を祝いに駆けつけてくれた。


颯太「それでは、かなでちゃんの出世とこれからの活躍に期待してっ、カンパーイ!」


先輩の掛け声で、みんながグラスをぶつけ合う。


「はあ、お酒が美味しい!」


一気にグラスを空け、なんともいえない爽快感に息を吐いた。


真田湊「かなでちゃん、良い飲みっぷりだね!ささっ、もう一杯!」

「あ、湊さんすみません」

真田湊「いーのいーの!これはもう今のうちに、コビ売っておこうと思ってさ」

「ええ?何言ってるんですか、コビって・・・」

真田湊「新しい雑誌の企画に、俺を使ってもらいたいからね

京太郎君、キミも売っておいたら?」

「はは、片倉さんがそんな・・・」


湊さんの軽い冗談に笑っていると・・・


片倉京太郎「・・・そうだな。俺も売っておくか。撮影の仕事が増えるのはありがたい」


なんて言って、グラスにワインを注ぎ始めた。


颯太「あ、いいね!じゃ僕も!かなでちゃん、仕事ください~」


ワインボトル片手に先輩までも仲間入り。


「って、先輩は別の雑誌の担当じゃないですか!

というか、グラス、ワインもうあふれてますから!」

真田湊「ホントだ、もったいない!」


私のグラスを湊さんが取り、ゴクゴクとワインを流し込む。


片倉京太郎「お前が飲んでどうする」


冷静な片倉さんのツッコミに私たちは声をあげて笑った。


(こんなに楽しいの久しぶり!みんな、私のこと色々気遣ってくれて・・・

私、本当に良仕事仲間を持ったな

ここにハルもいたら、最高なんだけど・・・)


そんなことを考えた自分に思わず小さく笑う。

・・・その時だった。


???「悪い、遅くなった」


カラン、と店の扉のベルが鳴り誰かが勢いよく駆け込んで来た。

その腕には、大輪のバラの花束・・・。


ハル「飛行機が遅れて・・・まだ、終わってねぇよな?」

「・・・・・・・・ハル?」


私の目の前に現れたのはニューヨークにいるはずのハルだった。


ハル「ほら、出世祝いだ。・・・おめでとうかなで」


優しい笑みとともに、花束が私に差し出される。


「う、ウソどうして?本当に?」

ハル「京太郎さんに、今日のこと聞いて・・・サプライズで帰ってきた。どうだ、驚いたか!」


なんて、少し子供っぽい笑顔を浮かべた。


「・・・・・っ、ハル!!」


私は花束ごとハルに飛びついた。

赤い花びらが、フワッとあたりに舞い飛ぶ。


ハル「・・・かなで。ずっと会いたかった」

「私もっ・・・ずっとずっとハルに会いたかった!」


視界がにじむのを感じながらギューッとハルにしがみつく。

懐かしいハルのぬくもり。

本当に本当に帰ってきてくれたんだ!


片倉京太郎「・・・コホン。ハル、椎名。今はそれぐらいにしておけ」

ハル「・・・あ」

「・・・っ!?」


抱き合う私たちを、颯太先輩、湊さん、片倉さんが、微笑ましげに眺めていた。

私とハルは真っ赤になりながらしどろもどろに弁解の言葉を探していたけど・・・

もうみんなにはバレバレだってその顔を見れば分かった。

そして・・・私の願った通り。

その日のパーティーは本当に最高なものになった。