怜一さんは、わざと私に聞こえるように言っている

もう、耳をふさぎたい・・・


私は、そっと下を向いて、聞こえてないふりをした

でないと涙がこぼれそうだった


マスター「・・・滝さんは律儀な方ですね。出国の準備で忙しいところ、

わざわざ来ていただけて光栄です」


怜一「いろいろと世話になったからな。直接、言っておきたかった」


マスター「そうですか。寂しくなりますね・・・」


マスターは、穏やかに話しながら、私にそっとハンカチを渡してくれた


マスターに、涙を見られていた・・・恥ずかしい


かなで「ちょっと・・・ごめんなさい。失礼します!」


他人の優しさを感じたら、私は、涙をこらえきれなくなって、席を外した

お手洗いに入ると、我慢していた涙があふれて、声を押し殺しながら泣いていた・・・

なんで、怜一さんは、こんな残酷なことをするんだろう・・・

もう、本当に私なんてどうでもいいのかな・・・


マスター「・・・滝さん、よろしいんですか?」


怜一「・・・・・・・・・何が?」


マスター「・・・こんな残酷なこと。彼女は、本当にあなたのことが好きだったんですよ。

今もきっと、見えないところでたくさんの涙を流している事でしょう」


怜一「・・・そうかもしれないな。あいつが心配なら、マスターがあいつの涙を拭ってやればいい。

・・・そういえば、会わせた時から、マスターは、かなでをひいきしていたしな・・・」


マスター「いえいえ、とんでもない。私は、あなたのことが心配なんですよ、滝さん。

・・・彼女は、大切な女性だったんでしょう?」


怜一「・・・そんなことないさ。他の女より、少しばかり会う回数が多かっただけだ」


マスター「いいえ、そうは思えません。私に、隠しても無駄ですよ?

・・・あなたがここに女性を連れてきたことなんて今までになかったじゃないですか」


怜一「たまたまだ・・・飲みに行ったら、ついてきた。・・・それだけだ。

・・・マスター、あいつが1人で来た時には、せいぜい、慰めてやってくれ」


マスター「それは・・・承知しました。しかし・・・私から見れば、どちらも心配なんですがね

彼女を慰めることはできても、遠い空に旅立つあなたは1人きり・・・」


マスターが美しい色のカクテルを怜一に差し出す


マスター「私から見れば、一生懸命辛いのを隠しているあなたの方も・・・

とても、痛々しく見えますよ」


怜一「同情なんてしないでくれ。・・・俺は勝手で最低な男だから。

・・・あいつと仕事を天秤にかけて、あいつを選ぶことが出来なかった。

・・・最低な奴なんだから」


マスター「・・・いいえ。私はあなたを、尊敬してますよ」


怜一「・・・・・・・・・・・・」


マスター「私はね、滝さんの立場で、自分の寂しさに耐えかねて、一緒について来いなんて・・・

無責任なことを言う輩の方が・・・むしろ、どうかしていると思ってしまいます」


怜一「・・・変わり者の見解だな。普通は・・・栄転にうぬぼれて、

古い女を捨てた・・・なんて言われんもんだ」


マスター「滝さんは・・・心配なんでしょう。外国の、言葉の通じない土地に彼女を連れて行ったら・・・

彼女は滝さんしか頼れない。しかし、あなたの方は、仕事を軌道に乗せるので精一杯・・・」


怜一「・・・・・・・・・・・」


マスター「彼女にそんな、孤独な運命を辿らせたくなかった・・・

あなたは優しい・・・残酷なほどに」


怜一「・・・口が上手いなマスターは。

そんなに格好のいいものなもんか・・・俺は、ただ・・・

もしも、一緒に外国に行って・・・愛想つかされたりしたら、

・・・俺が耐えられないんだよ」


マスター「おや、まあ。かなでさんのこと、やはりまだ・・・」


怜一「・・・これ以上言うな

今の俺は、仕事に手いっぱいで、女を守れる自信のない、ただの最低野郎なんだ」


マスター「ふふふ。そうはおっしゃりますが・・・私はね、滝さん。あなたが・・・

豪胆で大胆不敵なように装って、その実、繊細で、お優しい方だというのを存じておりますよ」


怜一「はっ。それは、裏を返せばかなり臆病で、小心者だって言いたいのか?」


マスター「これは失礼しました。本音をお話したつもりが、お気を悪くさせてしまったようで」


怜一「・・・別に。本当のことだ。俺は、あいつを十分、傷付けた。

・・・もう、俺に近づかないだろ」


マスター「・・・それは、かなでさんが決めることですね」


怜一「・・・・・・・・・・・・」


マスター「何とか、やり直す方法はないものでしょうか」


怜一「くどいぞ・・・マスター。もう、俺は決めたんだ・・・これ以上、にぶらせないでくれ」




あれから、私は泣きはらした目でお手洗いから出た


二人とも、私が泣いていたことわかっていたはずなのに、

どちらも何も言わなかった・・・


マスターは気を遣ってくれたからだと思うけど、怜一さんは・・・