久し振りの書き込み・・・
先ずは・・・将棋界の最長老格である加藤一二三九段の訃報に驚きました。
御冥福をお祈り致します(-人-)
2017年に棋士としての現役引退されていますから元将棋棋士ではありますが.
随分と御高齢だし、今度加藤九段が話題になるのは訃報じゃ無いかなぁ・・・と
覚悟はしていました。
享年86歳は、私の父が亡くなった歳と同じだな。
死因は「肺炎」とのことですが、誤嚥性肺炎じゃないか![]()
と思ったりします。
棋界きってのユニークなキャラの御仁だったなぁ![]()
敬虔なクリスチャンであり愛猫家だった方。
近所の野良猫の餌付けを行って住人トラブルになったり・・・
親族の方々は大変だったらうなぁ
「あと何分
」とか、10年単位で対局の昼食で同じ食事(うな重)を注文し続けたり・・・
変わった人だったんだろうなぁ
私が加藤九段のお顔を拝観出来たのは・・・12年前の京急将棋祭りでしたな。
京急上大岡駅前の京急デパートで行われた将棋祭り。
あの頃(東京都大田区久が原在住時代)の私はライトな「見る将」でした![]()
兎に角・・・加藤九段は頭の回転の速い方・・・という印象でした。
速すぎて口の回転が追いつかない・・・もどかしさを、聞く方でも強く感じましたな。
もう足腰は弱っていらっしゃるようで座っての「座談会」でしたが![]()
この方は天才だ
と思ったモン。
人間誰しも寿命がありますからね。
残念です。
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先週末の土曜日は休日出勤しまして、明日明後日の休日も出勤確定![]()
ってな訳で、郡山の病院に行って血圧の薬を処方してもらう暇が無い。
ってな訳で1月19日の月曜日は代休を頂きまして郡山市の病院へ![]()
医者の先生の診察を受けないと降圧剤の薬を処方して貰えないんだよな。
帰りは郡山市開成にある開成山大神宮へ。
福島県いわき市も寒いのですが郡山市はそれ以上に寒かった![]()
開成山大神宮は開成山公園の西側にあります。
神明鳥居ですね。
神社には階段が付き物です![]()
郡山市在住時代には、JR郡山駅前の安積国造神社と共に新年には参拝していた神社。
明治維新を迎えて従来の「支配者」であった武士階級(士族)は総失業。
彼らの救済は維新政府にとって喫緊の課題。
士族授産、殖産興業の一環として不毛の原野であった安積原野を利水すべく
安積疏水を建設。
維新政府が行ったインフラ整備でも安積疏水は最も上手く行った事例ではありますが・・・
各地の没落士族がこの郡山(安積)に入植しますが・・・
彼らは各々の信ずる「神様」をバラバラに持ち込みます。
これだとこの新たな「新天地」を一統出来ないと感じた維新政府が、
伊勢神宮の分霊の奉遷したのが開成山大神宮とのこと。
ってな訳でこの開成山大神宮は、この場所の「土着的信仰」の神社ではなくて
明治維新以降の国家政策の色彩を色濃く反映した神社のようです。
開成山大神宮の向かいにあるのが開成山公園。
「開拓者の群像」碑。
安積原野の初期入植者(士族)の苦労は並大抵ではなかったとのこと。
その「受難の歴史」が郡山の礎になってる気がするなぁ
開成山公園の池はウッスラと凍結してました。
昼間でも氷点下でしたから。
埼玉大学教育学部人文地理研究室の谷謙二先生が公開している
時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」を参照。
昭和6年測量の地図ですが・・・
開成山大神宮の向かいに競馬場があったことが分ります![]()
現在の福島県には福島市に福島競馬場がありますが・・・
昭和時代初期には郡山に競馬場があったわけで![]()
国土地理院様の航空写真参照
昭和22年のUSAF撮影の航空写真。
写真中央に四角形の「空き地」がありますが・・・これがかつての郡山競馬場跡地やな。
戦前期の「参謀本部の地図」での競馬場の地形とは随分と異なりますが。
当時の地図はこんなモンだったのかなぁ![]()
終戦直後の昭和22~23年頃。
占領軍たる米軍は日本全土の精密な航空写真を撮影します![]()
これらの膨大な写真資料はその後に国土地理院に移管されます。
昭和30年代の高度成長期以前の日本の地形を克明に撮影した航空写真は
現在では非常に貴重な文化遺産になっています。
現在では失われた近世・中世・古代・上代の日本の地形が
これらの航空写真によって推測することが可能なんですから![]()











































