この身にこもる熱を   前編 | 風紋

風紋

鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

若干の性描写がありますのでご注意願います



・・・どうしてこういう時はこんなに無防備なんだよ!


リンは熱に浮かされた頭でぐるぐるとひとつのことばかりを反芻していた。


砂漠の旅も終盤にさしかかり、まもなくアメストリスに着くかという時分。
少々体調が悪いのは自覚していたが、もともと丈夫な体ゆえ大したことは
あるまいとたかをくくって強行軍を続けたのが祟ったのか、比較的大きな
オアシスの町に着き、馬を下りた途端に膝をついて動けなくなった。
気がぬけただけだと自分を叱咤したが、頭がふらつきまっすぐ歩けない
状態であれば従者のフーとランファンに気づかれるのは当然で、
その時にはもう高熱で倒れる寸前だった。


いや、実際倒れたのだったか。
怪訝な表情のランファンが顔色を変え慌てて駆け寄ってくる姿と、
華奢な体にもたれかかった時のやわらかい感触は覚えている。
今にも泣きだしそうな声で自分の名を呼ぶランファンと、それをなだめる
ように「大丈夫、ただの風邪だろう。少し休めば元気になられる。」と
言うフーの声を、リンは遠いもののように感じながら聞いていた。


気がついた時には隊商宿の一室に寝かされており、傍ではフーが薬を鉢の
なかで擦りつぶしていた。


「若、気がつかれましたか。」
「ああ、倒れちまったんだな、俺。」
「気づかなかった我々も迂闊でしたが、体調が悪いのならおっしゃって
下さい。ご無理をさせてしまったのではないですか?」
「いや、自分でも大したことないと思ってたんだけどさ。」
「砂漠の暑さで余計に熱が上がったのでしょうな。休息をとれば間もなく
回復するでしょう。ただ、あれがな。」
フーはドアの外を顎で指し示し言葉を続ける。
「ランファンがえらく心配してまして。」
鉢のなかの細かい粉末になった薬を紙の上にあけると、フーはそれを包んで
立ち上がった。
「これを飲んで早く良くなって下さい。あの子のためにも。」
そう言うとフーはドアの外に声をかけた。
「ランファン、若が目を覚まされたぞ。」


「若!」
飛び込むように部屋に入ってきたランファンは涙ぐんでいた。
「もう、どうして何もおっしゃらなかったんですか!」
「いや、自分でも大したことないと・・・」
その剣幕にうろたえているとフーが横から声をかけてくれた。
「ランファン、それよりすることがあったんだろう?」
あ、と思い立ったように取って返し、戻ってきた彼女の手には水差しと
コップがあった。
「若、喉がかわきませんか?白湯を冷ましましたから飲んでください。」
「ありがとう。フーに薬をもらったから丁度水が要ったんだ。」
その様子を見ていたフーは
「ランファン、若を頼むぞ。若、しっかり体を休めてください。」
と二人に声をかけて部屋を出て行った。


薬を飲むために体を起こそうとするとランファンはすかさず背後にまわりこみ
自分の体で支え起こすようにしてくれる。
その細やかな気遣いはうれしいのだが、感謝だけでなく他の感情も呼び
起こされそうで落ち着かない。寝台の上で体を密着させられてるだけでなく
肩甲骨のあたりに胸のふくらみが当たっているのだ。
やわらかい感触に一気に背中の神経が集中する。


・・・いいのか、これは?いや、俺はいいけど、っていうより大歓迎だけど
ランファンわかってやってる?そんなわけないか・・・


そんなリンの葛藤を知ってか知らずか、ランファンは耳元で囁くように
小声で尋ねる。
「おかゆも作りましたけど、召しあがれます?」
自慢じゃないが、今までどんな状況でも食欲が失せたことがない。
このままだと変なことを考えてしまいそうなので、空気を変えたほうが
いいだろう。
とりあえず食べることに集中することにした。


ランファンの作ってくれた粥は美味かった。旅のさなかなのでわずかな
調味料しか使えないが、それでもずっとナンという小麦粉の焼きパン
ばかりが砂漠での食事だったので、米が食べられるのは嬉しい。
とっておきの米を自分のために使ってくれたことにも心からの気遣い
を感じて、しみじみと味わった。


粥を全部食べ終えたリンの様子にいくらか安心したのか、ランファンの
声も明るくなっている。


「すごい汗ですよ。熱いものを召し上がったから余計に。
お風呂は無理なんですから、せめて熱い手布で体を拭かないと。」


いつの間に用意したのか、手桶に鉄瓶から湯を移し手布を浸して絞ると
ランファンはリンの返事を待たず、上着を脱がせていく。
普段は出しゃばったことは一切せず、何事も控えめでむしろその受身の
姿勢に歯がゆくなることもある彼女なのに。
むしろ快活なまでに甲斐甲斐しく動くランファンの勢いにおされたような
形になるのはやはり体が弱っているからだろうか。
けだるさにまかせてされるままにするうち、何かもやもやとした衝動が
湧き上がってくる。
頭がぼうっとするのは風邪の熱のせいだけじゃない、というのは
よくわかったが、さりとてこの状況をどうすればいいのかという問題は
今のリンには面倒すぎて、考えるのを放棄した。
しかし・・・


・・・どうしてこういう時はこんなに無防備なんだよ!


首の後ろや背中は仕方ないとして、自分で拭ける胸や腋の下までもランファンは
リンに任せようとせずに、熱い湯で絞った手布で丁寧に拭いていく。
丁寧すぎるほどに。
素肌にじかに触れる手や、その手の動きと共に揺れて時折くすぐるように触れる
前髪の感触に体の奥がうずきだして、じっとしているのが辛くなる。
目の前のうなじの白さと、髪の香りに気をとられていると、ランファンの手は
更に下へと下がっていった。
かがみこんで腹のさらしを解きにかかるランファンを慌てて遮る。


「・・・ちょ、ランファン!何するんだ!」
「何って、寝汗はしっかり拭かないとダメですよ。大人しくしてて下さい。」
「拭くって、おい!・・・いいから!」
転がるように寝台の反対側に立ち上がって彼女の手から逃げ出す。

「自分でできるから、いいよ。」
「でも」
「子どもじゃないんだから!」
「そうですね、すいません。でも病人なんですから任せていただいても」


・・・だから、そういう意味じゃなくて!!
   子どもじゃないんだから、それ以上はマズいだろうが!!


「それに拭いたら着替えなきゃいけないだろ。だから」
「あ」
やっと言いたいことに気づいたのか、
「じゃあ、ちょっと外しますけど、手伝ってほしいことがあったらすぐに
言ってくださいね。」
そう言い置いてドアの向こうに消えたランファンを見届け、ため息をついた。


・・・どうしてこういうことにはこうもニブいんだか。


腹のさらしをほどき、ズボンと下穿きを一緒に取り去るとすっかり落ち着き
をなくしてしまった自分の分身が目に入った。
こういう状態になってしまうことをわからないのか!


いっそのことあのまま続けてもらって、これに気づいたランファンがどんな
顔をするのか見届けてやっても良かったか。
顔を赤くして逃げ出すのか、必死で気づかないふりをし続けるのか、
どちらにしろ意識してくれれば、こんな滑稽な独り我慢を続けることはない
だろうに。
だがもし気づいてしまったら、ランファンは俺の不埒な反応を責めることは
しないかわりに、自分のうかつさを自分で責めていたたまれない思いを
するだろうことは容易に予想できた。
それは何か気の毒のような気がして、それに純粋に自分の体調を心配して
世話を焼いてくれるランファンの信頼を裏切るような気がして、
実際に行動に移す気にはなれなかった。
黙って我慢しているだけではいられないけど、それをランファンに教える
のは今じゃない。


そのことだけはしっかりと自覚し、自身に言い聞かせるように手荒く体を
拭いていった。
替えの衣服を身につけるが、一度騒ぎ出した衝動はなかなかおさまらない
のが我ながら情けない。
扉をノックする音に慌てて毛布をかぶった。
半勃ちのままの姿を見られるわけにはいかない。


「若、終わりました?大丈夫ですか?」


・・・いや、大丈夫じゃない。ていうか、かなり体に毒だ。


それもこれもみんなランファンのせいなのだが、本人は全く意識して
いないのがうらめしい。


「じゃあ、これ今から洗濯してきますね。」
ランファンは脱ぎ捨てた衣服を抱えて言う。
「今から?もう夕方だろう?」
「かなり端のほうとはいえ、やっぱり砂漠の町ですね。空気が乾いてるから
洗濯物もあっという間に乾くんですよ。便利です。」
ちょっと埃っぽくなりますけど、それは仕方ないですよね。
そう言ってランファンは花がひらくように笑った。
久しぶりに屈託のない表情を見た気がしたけど、そういえばこの子は護衛の
仕事をしてない時はこんな笑顔をしてたんだったな。
はるか昔のようにも思える幼い頃、ランファンは俺の遊び相手で世話係で
俺の姿を見つけるとこんな風に笑ってくれたのだ。


・・・ああ、無防備なのは当たり前だ。この顔は俺のお守りをしていた時
の表情じゃないか。俺が小さな子どもだった時の。
こんな歳になっても病気の俺はそんなにたよりないかね・・・


「この乾いた空気が若のお風邪をひどくしたんだから、良いとばかりも
言えないですけど。でも、倒れたのがこの町でよかったです。宿があって
薬も手に入るし、水も豊富ですし。」
ランファンは楽しげに洗濯場のそばに水浴びのできる場所はおろか湯屋まで
あったのを見つけたのだ、と話しつづける。
「若も、風邪が治ったら湯浴みされるでしょう?私も久しぶりに髪を洗える
のが楽しみなんです。」


・・・だから、どうしてそういうことを何も考えずに言うんだ!


洗い髪のランファンの裸身をつい想像してしまい、慌ててそれをふりはらう。
せっかくなんとか抑えたのに、また下半身が不穏な状態になりそうだ。


何も考えていない無邪気な彼女は
「何か欲しいものはありますか?あれば洗濯の帰りに買ってきますけど。」
と去り際にこちらを振り返って言う。


ランファンのキスがほしい。できればそれ以上も。
そういいたいのをぐっと我慢する。
風邪を伝染したらいけない。第一フーがいたら何もできないじゃないか。
くそっ、まずは風邪を治すことだ。
治ったら絶対に言ってやろう。
俺だって若い男なんだからそうそう我慢しきれるもんじゃない。
そんなに無防備にしていたら、俺は何をするかわからないよ、と。


いつの間にかまた寝入っていたようだ。
目が覚めた時は夜半すぎで、寝台の足元にランファンが仮寝をしていた。
彼女はずっと俺の看病をしていてくれたんだろう。
枕元に置かれた水差しから水を一杯飲むと、喉に染みとおり生き返ったような
気分になって頭がすっきりする。
ためしに立ち上がってみると、少しふらつくものの、頭痛と熱はすっかり
去っているようだ。
そのまま部屋の隅に行き、予備の毛布をとると寝台にもたれかかるようにして
座ったまま居眠りをしているランファンの肩を覆った。
「ありがとう。本当なら一緒に添い寝してほしいとこなんだけどさ。」
そんな本音も寝ている彼女にならいくらでも言える。
さあ、もう一度眠ることにしよう。
この次に目が覚めたときにはいつもの調子で動けるように。