すべてを手放すとき | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

こわい、と思った。
私が私でなくなってしまいそうでこわい。
こうして抱きすくめられただけで、何もかも忘れそうになってしまうから。
このまま身体を合わせたなら、おそれと悦びでいっぱいになってしまって
自分の意識を手放してしまいそうだから。


別に私は何も知らない子どもだったわけじゃないけれど。
身体をふれあわせて睦みあうことがこれほどまでに五感を奪われるもの
だとは思わなかった。
上気して発熱した時のようにかすんだ目は、目の前の切なげな表情を
浮かべた顔しか見えず、またそれすら見ることもできずに瞼を閉じて
しまうことしかできない。
耳は間断なく注ぎ込まれる吐息と囁きしか聞こえず、
四肢はあまく痺れて自由に動かすことさえままならない。
触れられた箇所からざわざわとさざめきが拡がっていき、身体があつく
なって四肢に力が入らなくなるから。
あの日の口づけのあとだって今にも膝が折れてしまいそうでリン様の肩に
つかまっているだけで精一杯だったのだから。


こわい、と思う。
これほどまでに自分の体が思うようにならなくなることに。
そして自分の体のなかにこんな未知の感覚があったということに。


抱かれた腕のなかで俯いたまま立ちつくしてしまった私に
「どうした?」と訊いてくれる主の声は優しくて、
昂ぶった感情のままうろたえる心と不安を訴えてしまった。


このままリン様に抱かれたら、リン様を女として愛してしまったら
きっと私は護衛として役に立たなくなってしまう、と。


「俺は護衛のランファンが必要なんじゃない。」
「だって、そうしたら私はただの女になってしまう。」
「・・・俺だってただの男だよ。」
リンは静かな声でさとす。
シンを遠く離れたこの厳しい旅の地では、皇子の地位など何の役にも
立たない。そんなものより今この絆をしっかり結びたい。
何があっても離れないと誓いたいから、と。


「俺がここでランファンを抱いたら俺は皇帝になれないと思うか?
賢者の石を手に入れるという目的も果たさぬうちに女色におぼれて
気を抜き、異国で討ち死にするように思うか?」
「そんな事はありません!リン様はきっと皇帝になられます。
我らヤオ族のために、きっと。」
「なんでそう思う?」
「リン様ならきっと成し遂げられますから。信じています。」
「俺も信じているんだよ。同じようにランファンのことを。」
「あ・・・」
「それだけは覚えておいて。」
おやすみ、と頭の上に口づけて肩をぽんと叩くとリンは自分の寝所に
引き上げて行った。



どうしよう。すごくもったいない言葉をいただいてしまった気がする。
私を信じている、なんて。
リン様は私が変わらずしっかりと護衛をつとめられるように力づけて
言って下さったのだ。
心にあたたかな芯が通ったような気分に自然と胸を張る。
こわいという気持ちにはまだ変わりはないけれど。
リン様は国を出る時、皇子の地位を捨てる覚悟でおられたのだ。
ふたたび戻る時には皇帝の地位を手に入れる覚悟で。
ならば私は何を手放してもかまわない。
また自分で手に入れればいいのだから。
リン様を信じてついて行けばきっと大丈夫だから。




あとがき

えーと、なんだかよくわからない作品になってしまいましたが・・・。
ランファンのおそれを書きたかったんです。
こういう感覚的なおそれの感情ってすごくあったと思うんですよね。