つないだ手 見上げた空 | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

城郭をまわり、街路を抜け、市場もはずれの路地裏まで走りづめだった
ランファンは、やっとその姿を見つけて安堵の息をついた。
彼女の仕えるリン皇子がまた今日も城を抜け出したのを探しに出たのだが、
ここで見つけるまでどれほど探したか。
ところが当の本人は至ってのんきな様子で、崩れかけた石塀の上に腰掛けて
足をぶらぶらさせている。
お目付け役としてリンに仕えるフーと、その孫であるランファンはこの
奔放な皇子にふりまわされっぱなしだった。


「リン様!」
「あ、やっぱりランファンも来たんだ。よかった。」
にっこりと笑いかけてくるリンを見ると怒る気も失せてくる。
逃げ出しておいて、追っ手に「来てよかった」って、この皇子様ときたら。
それでも詩経の先生を待たせたまま、部屋を抜け出したことは
よかろうはずがない。
「リン様、こんなところで何をなさってたんです?」
精一杯厳しい声で詰問したつもりだったが、リンは意に介していないのか
「ん~、これ食べてた。ランファンも食べなよ。」
そういって差し出されたのは饅頭だった。
おやつまで持ち出しているとは、今日の脱走はかなり計画的だったらしい。
「そういう訳にはいきませ・・・」
最後まで言い終わらないうちにランファンのお腹がぐーっと鳴った。
「ね、遠出するとお腹がすくもんね。」
リンはランファンの手をとると
「はい、あげる。」と饅頭をのせて、自分も食べかけの饅頭にかぶりついた。
「あ、ありがとうございます。」
どうにもこの皇子には、ついまきこまれて調子を狂わされてしまう。
「美味しい?」
確かにふっくらとした皮も中の餡もまだぬくもりを残していて美味しい。
ん?・・・まだあたたかいという事は作られて間もないということで・・・
「これで僕達仲間だね!」
「・・・もしかしてリン様、これ、また誰かからもらったんですか!」
「ん~、だってね、市場の太太にお水を一杯飲ませてくださいって
言ったらこれもくれたんだよ。」
考えてみれば、人の目の絶えない膳房から饅頭をくすねるようなことを
城内から脱走する時に、この抜け目ない皇子がするわけがないではないか。
そんなことにも気づかずに一緒に食べてしまった自分は馬鹿みたいだ。
「リン様!下賤の者から食べ物を恵んでもらうなんて、
またフー爺様から叱られますよ!」
まんまと共犯者に仕立てられたことに腹立ちをおさえられずにランファンは
怒声をあげてしまう。
「でも、ランファンはこのことフーには言わないでくれるでしょ?」
にっこり笑ったまま、彼女の手のなかの饅頭を指さして
リンはいたずらっぽい瞳で見つめてくる。
・・・まったく、リン様ときたら。
こういうことの智慧は人一倍回るんだから、かなわない。
ランファンはあきらめのため息を饅頭の最後のひと口と一緒に飲み込んだ。


「早く帰りましょう。先生がお待ちかねです。」
「うん、でもその前にランファンと行きたいとこがあるんだ。」
「何です?」
「すぐだから!」
リンはランファンの手をとって駆け出した。
雑踏をかきわけ走っていくと、市場の喧騒が耳元をすり抜ける。


「ここだよ」
リンが足を止めたのは鉄道の線路の上だった。
まっすぐ伸びた鉄の路はそのずっと先まで遮るものもなく開け、その上の
遠くはるかな空は黄色く細かい砂塵でかすんでいる。

「・・・鉄路をこんな近くで見たのははじめてです。」
「この鉄路は北満から続いていて、今は砂漠に埋もれてしまったけど
西域からずっと先、アメストリスまでもつながっていたんだって。」
「そんな遠くまで・・・。」
「アメストリスの空は春先でも青いんだってさ。お祖母さまが教えてくれた。
砂漠の砂は東に向かって吹く風に乗るから、砂漠の西では春も黄砂のない
きれいな青い空が見られるんだって。」
「そうなんですか。」


「ねえランファン、手をつないでくれる?」
「今つないでいるじゃないですか。」
「そうじゃなくてこんな風に」
リンはランファンの手をとると自分の手と合わせ、指をしっかりと
組み合わせていった。
「大人のひとの手のつなぎかた。」
その言葉にランファンは少し赤くなる。
「約束だよ。いつかきっと一緒にこの鉄路のずっとむこうの、砂漠の先
に行こう。そしたら何にも邪魔されずにランファンといられるから。」
そんな世界があるのだろうか。
ランファンには想像もつかない。
それでも、春といえばこの黄砂で覆われた空しか見たことがないのに
青い空が広がる春のある国が、この砂を運んでくる砂漠の向こうにある
ということは、何かとても素敵なことのような気がした。
そして、リンといればそんな世界もそれほど遠いものではないような気も。
「行けるといいですね。」
そう呟いたランファンの声に応えるようにリンの手がぎゅっと力強く
握られる。
見上げた空が一瞬目の覚めるような蒼い色に変わったような気がした。





あとがき

「すずのね」(現在休止中)のわこ様の仔リンランに敬意を表して捧げます。
リンラン版「小さな恋のメロディー」。
ほのぼのができるか自信がなかったのですが、線路の上を手をつないで
駆けてゆくふたりが浮かんだ時点でこのセンでいくことに決めました。