君に触れたい | 風紋

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鋼の錬金術師ファンの雑文ブログ



  リンとランファンに愛が偏っています

彼女は護衛だ。
そして自分は皇子。
この事実は変えられない。
そのような立場の違いなど考えもしなかった幼い日々の、今思い返せば
胸が痛くなるような無邪気な交歓の記憶があったとしても。


長じて彼女と自分の間には越えられない距離ができた。
彼女が自分の護衛として傍近くに仕えるようになっても。
今も彼女は自分の背後、三歩の距離で控えている。
何かを申し付ける時だけ、相対するがそれ以外の時はまるで影のように
その存在感を消している。
訓練された護衛としては当然のことだが、以前の彼女を知るリンには
その徹底した無私の姿勢がもどかしい。


彼女に触れたい、彼女を抱きしめたい。
できることなら心までもこの腕のなかに。


強く求めれば彼女は身体を開くだろう。
他ならぬ主の為、仕える者としての義務感から。
そんなことをして何になるのだ。
心をおきざりにした身体などただのぬけがらだ。
そんな茫漠としたものなど欲しくはない。


触れたいのは彼女の魂だ。
あのしなやかで俊敏な身体に詰まった熱い血潮だ。
いったいどうすれば彼女の心に触れることができるのか。


邸内は昼の暑さがまだこもっているようで、それが自分の内にわだかまる
ものと相まって息がつまりそうだ。
「ちょっと外に涼みに行こう。」
背後のランファンに声をかけ、リンは夜の散歩へと出かけることにした。


晩い夏の夜風はまるで女の手のようになまめかしくリンの頬をなでる。
月明かりの下、二人きりなのにランファンは律儀に背後からついてくる。
この夜風のなかで彼女を抱き寄せたくても、どうやって距離を埋れば
いいのだろう。


「リン様、動かないで下さい」
物思いを彼女の抑えた鋭い声に遮られて、リンは我に返る。
また暗殺者か?
足音もなく気配をまったくかんじさせない動きで背後に貼りついた
ランファンの手がリンの髪に触れた。
「これが」
御髪についていました、と言うランファンの手には蛍。
気がぬけておかしくなる。
彼女に触れられないと思い悩んでたら先に彼女に触れられてしまった。
滑稽な。俺は何を思い悩んでたのか。
気づいたら声をあげて笑っていた。
ふっ、とランファンの気が和らぐ気配がする。
「リン様の笑い声、久しぶりに聞いて安心しました。」
・・・そうか、ランファンも俺との距離をつかみかねていたのだ。
自分の思いに溺れて彼女の心を問うことをしなかった自分をリンは恥じた。


「ランファン」
名を呼んで手をとると彼女ははっと体を硬くする。
手から蛍が飛び去った。
「ランファン、動かないで」
腕をまわして紐をほどき、面を外す。
月明かりのわずかな光のなかでもランファンの顔が赤くなっているのが
わかった。

・・・変わらない、この表情。
一人前の護衛になっても、恥ずかしがりな彼女の素顔は変わらない。


「これから俺と二人の時はなるだけ面を外して。
ランファンの顔が見たいから。」
「・・・わかりました。リン様の仰せのままに。」
「いいね。顔が見えるって。『でもやっぱり恥ずかしいです』って
ランファンの顔に書いてあるのがわかるし。」
「リン様!」
あはは、と声をあげて笑うとランファンも照れたように笑い始めた。


そうだ、こうして距離を縮めていけばいい。
そうすればいつかきっと、彼女の心までも抱きしめることができるはず。
そう遠くないいつか、きっと。



あとがき

「雪待月」のしぐ様にお誕生日プレゼントss。
オフ会の時にいただいたリクエストは
「ランファンにさわりたいんだけど、どういっていいのかわからなくて
もんもんとするリン様」というものでした。
どっちかといったら三枚目でいくネタでしょうが、文章で三の線をやる
のは非常に難しいので二の線でいくことにしました。
立場に隔てられた恋に苦悩する貴公子ということで、
橋本治の「窯変 源氏物語」の桐壺の章を再読して気分を作ろうと
しましたが、成功していない・・・。