写真は雪椿。
年を取ると「目覚めが早くなる」とは誰(た)が言うた。
眠いのですよ。四六時中。
退職致す前は、ヤツガレも人並みに起きて、身支度を調え、まだ豊かであった髪に櫛を通し、秋に向かいましたね。
朝くらい時分に家を出て、日もとっぷり暮れて帰宅する、毎日でありました。
懐かしいなあ。
懐かしい、とは言うものの、あの通勤体験をもう一度、とは思いませんな。
冬の朝は眠くて寒くて、駅のホームで電車を待ちつつ、片足を持ち上げ僅かでも暖を求めたものであります。
しばらくすると反対足に交代。
まあ、渡りに遅れたシラサギの風情ですな。
毎日が日曜日の毎日、惰眠を貪り、馬食を顧みず、過飲に走り、怠け者の典型的な見本であります。
先日高校受験で度胸の良さを見直した、孫の衆総領のケタ君の口癖は、
「俺も爺のような人間になりたい」
かようでありました。
誤解なきよう、表現は正確を期さなければなりませんな。
ケタ君は別段、愚老の人間性を評価し、その生き方を真似ん、とした訳ではござらん。
惰眠と馬食と過飲の怠け爺の姿が、受験生の眼には、憧れに映ったのです。
人間どんな時に、如何なる評価が待ち構えるものか、分かったものじゃありませんぞ。
かかる事実から、
「我は反面教師なり」
などと吹いてはいけません。
さて雪椿。
写真をご覧(ろう)じろ。
花びらの辺りに水滴が付いておりますな。
これは、眠気と寒さをこらえて撒水致した証なのです。
雪椿は、愚老の努力に対して、溢れる涙で応えたのであります。
なあ~んてね。
椿は椿の事情があって花開き、水滴を宿しているのです。
駄句6句と愚歌1首。
雪椿朝露浴びてさて開花
雪椿少し開きて春招く
雪椿佐渡を思ひて鴇色に
寒厭ひ葉隠れに咲く雪椿
寒行の僧列送る雪椿
春の花寒行僧に暖送る
寒行の般若心経細々と門を曲がりて遠離り行く