溺愛の仕方 | トラウマから自由にするRCメソッド (株)RCM社長 高橋万紀子のブログ

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心の整理と心の外科手術専門のカウンセラー
養成もしています。

私は夫に溺愛されております。

長い時間をかけて
夫の愛情表現の仕方を理解したので
上手に受け取ることができるようになりました。

私は性質がアーティストなので
表現=アートです。
なので
芸術的感覚で愛情表現を
測ってしまうクセがあるのです。

ですが夫は実務派。
彼の愛情表現は
私を助けるという形で表されます。

私を好きだ愛してるなんて
かわいいね美しいねなんて
強要(←)されないと言いません。
感情表現としての
言葉なんて役に立たない
と思っているんでしょうね。

それは夫のタイプなので
それで良いのです。

昔は私がほしいものをくれれば良いのに
と思ったものですが
私がほしいものは
自分であげればいいや
と思うようになってからは
素直に受け取れるようになりました。

美容系トレーナーとして
自分の身体の美しい部分をほめつつ
より美しくなるために努力する
というのは
自分でやっていること。

夫は時間、距離、頻度を測り
心肺機能を上げる訓練につきあってくれます。
これが夫の愛情表現。
夫は本当はランナーだし
もっと負荷の高い訓練を
自分に課したいところなのですが
私のために時間と労力を割いてくれます。

それは私がほしい愛情表現じゃない
なんて言って
無下にしていませんか?

男性の愛情表現って
だいたいこういう形のようですよ。
女性がほしがるものは
持ち合わせていない模様。

だから
女性が喜ぶことをしてくれる男性は
こうしてあげたい、ではなく
こうすれば喜ぶ、でしてくれていて
愛情からではなく
手に入れたいという動機なのです。

私も、もし
「整理整頓こそ愛が伝わる方法だ」
なんて言われたら
愛なんて持ち合わせていません
になってしまいます。

夫も愛情を詩的表現で伝えて
なんて言われると困るんですって。

私を大切に思うから
という動機でしてくれることを
拾っていくと
ちゃんと、どころか
溺愛されているなぁとわかります。

これが受け取れないなら
女性の側に問題がありますよ。