高校卒業して二浪した
二浪目の夏!
母親が美容師をやっていたからじゃないが、
美容師だけはやりたくなかったので、とりあえず勉強して理系の大学行こうと思った
行政書士をやっていた父親は理系に行くなら、弁理士って職業あるよって言われた
どんな職業だろうって思った
物や商品にまつわる法律に関する法的な職業だった
給与もいいらしい
本当はファッション関係に行きたかったけど、父親に猛反対された
将来何になるかなんてなかった!
このままあてもなく、進んでどおなるんだろうと毎日思ってた。
二浪目の夏は暑かった!
大学に入っている友達や就職した友達が夜な夜な遊びに来た
みんなエネルギーが有り余っていた
そんなある日の新聞記事に
「快挙!医者のなったお母さん」という記事が目に飛び込んできた
長男を病気で亡くしたお母さんの話だった
子供が高熱で苦しんでいる姿は親として、物凄い苦痛~~それが夜中におきた
掛け合ってくれる病院がなかった
尋ねるとこ尋ねるとこ断られて、とうとう子供を死なせてしまったお母さん!
悲しさと悔しさで眠れない日々が続いたそうです
そして、お母さんは決意しました。
「医者になる」って
それが30歳を過ぎていたそうです。
「あんな悲しいことはあってはいけない!そんな思いで子供を死なせた親は少なくないはず!世の中のやくに立つことを子供が教えてくれた」
新聞の端に書いてあった記事だったが、子供を死なせた親の悲しみと医者になるって、動機が必要で使命感と誰かの役に立つは遅いスタートでもできるって勇気もらった!
「何事もはじめることに遅いはない」と思った「必要なのは『使命』と「役割」と「アイデア」だと思った!
ちなみにケンタッキーフライドチキンの創設者カーネルサンダースさんは60歳を過ぎてからの起業だったらしいから、打つ手は無限!なんでもできることを教えてくれる
多謝