2020/06/28撮影 神棚神さま半年お礼参り、八幡さま。爺さん時代からの主神さま。 | 湘南陽光電しゃ館 神仏と自然館+精進落としと飯

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ヤフーブログから引っ越してきました!。
鉄道館とは別に、神さま仏さまの居られる景色、
花/木、そしてその場所の空気感をお伝えいたしたく、
撮影した写真を掲載しています。
そして、お詣りの後は精進落としを。
「気」がピュアのままだと、疲れちゃいますからね!。

前回は、小生自身が神棚の古いお社を更新しましたあと、神さまにお願いいたしまして新たにお札を頂戴いたしまして、お祀りさせていただきました神様3柱さまへの御礼参りでございますが、鎌倉の八幡さまとお伊勢さまは毎年、爺様が小生が生まれる前から毎年暮れに八幡さまの社務所にお伺いしてお札を頂戴致しまして、神棚に祀らせていただいて以来、ずっと拙宅にいらしていただいている神さまでございます。

小生は前述しました通り、父親が早逝しておりまして、二つの年から祖父母に育てられましたから、爺様に連れられてあちこちとよく出かけました。

蕎麦好きだった爺様に、今では無くなってしまった鎌倉のそばの名店、一茶庵が初めて大衆店で新規開店したときに連れられて入って「ここの蕎麦は本物でうまい!」「この値段で出せる蕎麦ではないのに大したもんだ!」「〇※小生の名前、これが本当の二八蕎麦のそばの味だからよく覚えとけ」と、蕎麦の味を初めて教えてもらいましたし、技術者だった爺様の趣味や思考に感化されて、小生の今の趣味嗜好が形作られたようなものです。

あの頃、爺様にくっついて八幡さまの社務所にお伺いして、そのやり取りをずっと見ていたからこそ、戸惑うことなく今でも苦も無くお伺いしてお札を頂戴できるのです。

その後、爺様が亡くなったあと半ば放置状態となってしまった神棚と荒神棚を小生が再生できたのも、爺様がしていた神棚賄を見ていたからこそで、神仏への想いや信仰心も祖父母から教わったわけですから、今でも祖父母には本当に感謝いたして居る次第です。

さて、昨日です。

まずはバスで鎌倉駅まで出て、団葛を歩いてお社へ向かいます。

小生が八幡さまへ用事があるときは必ず団葛を歩くようにしております。何せ、鶴ヶ岡八幡宮の正式な御参道でごさいますから。

この時期になりますと、近年はこの吹き流しが飾り付けられます。七夕飾りでございますね!。

団葛脇にある鎌倉銘菓「鳩サブレー」で有名な豊島屋本店様でも七夕の意匠が店頭飾りになっています。

近年は団葛両側に並んだ昔ながらの老舗がリニュウアルされて、家並も随分と変わりましたが、ここ、三河屋酒店さまは昔のままです。

昔を思い出しましてモノクロで掲載してみました~。

この三河屋さんには店頭に「鉄」の目を引くものが残っていまして、昔は結構メディアで取り上げられました。荷物運搬用のトロッコです。

フォークリフトや軽トラなどがまだない時代、大店の商家で重量物の商品を扱うことを生業としていたところには、店頭から奥へレールが敷かれトロッコが設えられて、人力で車輪の付いた台車※この台車を総称してトロッコと言い現わしていた、を押して店奥の蔵からの商品の出し入れに利用されておりました。

レールは二分六※2フィート6インチ、略してニブロク、軽便鉄道の多くがこの軌間だった、の軽レールを使ったところもありますが、多くは土木工事に使用された仮設軌道の中古の軽レールが使用され、さらに簡易な角鉄棒でレールの代わりにしたものも見ましたです。

古き良き時代の名残ですね!。

昔はレールサイドは踏み固められた土間のままでしたが、近年、石張りとなり、ちょっと綺麗に整備されたみたいですね。

自粛明けになったものですから、土曜日と言うこともあって参拝の方々の人出が随分と増えました。太鼓橋脇の参道橋の擬宝珠が新しくなり、ピカピカでとても目につきましたので、ちょっと一枚撮影。

ちなみに昔は渡れました太鼓橋は今ではずっと閉鎖中となっておりまして、もう、あの滑り落ちそうで落ちないスリルを味わうことはできません。

つい最近、境内にあります旧神奈川県立近代美術館が全面リニュウアルオープンしまして、近代美術館鎌倉別館と鎌倉文華館鶴ヶ岡ミュージアムとして新たに開館しております!。

カフェも併設されまして、八幡さまを取り巻く御神域の杜によく溶け込みまして大変素敵な空間を醸し出しております。

境内に御座います舞殿や各お社、さらに上社さまも七夕飾りで美しく飾られております。

さて、あと3日で今年も上旬半期が終わります。

時節柄、八幡さまにおきましても「茅の輪」が設えられておりました。

ただ、今年はコロナ禍で重要な神事でさえも縮小なされてしまうようで、神事は八幡宮関係者の方々のみで執り行われ、一般の参拝者は大祓もセルフで・・・、とのことです。

このテントの前の列に並びますと掛員の方が紙製の人形をくださいます。作法通りに人形に自身の半年分の罪穢れを移し、テントの中でお納めして神様にお預かりいただきまして、神事の際に祓っていただくシステムです。。

この時、テントの中で御神鈴祓い※シャリシャリと鈴を鳴らしていただく御祓い、も無料でしていただけます。

小生もこの神楽鈴で巫女さまに祓っていただきまして、大祓守※1000円、を頂戴いたしてまいりました。

その後、大階段を上りまして上社を参拝。

かなりの人出ですから、楼門の中に入り御神前で一般の参拝をする場合はソーシャルディスタンスで人数が限られますから、正月参賀ではなされない、大階段上での参拝待ちとなり順番が来るまで列を作って待ちます。

隋神さまへご挨拶申し上げで楼門を潜り、御神前へ赴いて半年間の御守護御礼をしっかりと申し上げ、空いている端っこにズレて神さまに祝詞を奏上させていただきご挨拶し参拝終了です。

上社を辞しましたら、上社回廊の傍らに鎮座まします、丸山稲荷社へ向かいます。近年は芸能人の方も鳥居を奉納なされたりしておりまして、上社を参拝なされましたあとで、こちらのお社に上がってらっしゃる方も増えました。

近年では朱鳥居型の専用絵馬がご準備成されるようになりまして、さらに多くの方々が稲荷さまへ参拝なされております。

実はこちらのお稲荷さまは鶴ヶ岡八幡宮さまには切っても切れない縁を持つ重要で大切なお社でして、ある時、源頼朝公の夢枕に立ち、この大臣山の地へ社を移し建てれば※最初、源頼義さまが八幡神を勧請して鎌倉へお社を建てられたのは由比ガ浜だった、源氏の繁栄は未来永劫約束され稲荷神さまが守護なされる、と申されたともいわれまして、頼朝公が実際に大臣山のこの地に赴いたところ、古い稲荷社がございましたのでこの稲荷社の神のお告げと信じられまして、稲荷社のあったところへ上社を建て移し、元からございました稲荷社は、上社よりも一段上の高い場所の丸山へ遷座願い、格式を整えられて以来深く信仰なされたと言われます。

こちらのお社は八幡さまよりもさらに格式高く、深い由縁をお持ちの古からの鎌倉の地を治められておられる地主神さまなのです。

故あって小生も、こちらの稲荷神さまを信心させていただいておりまして、なにかとお手数をおかけしつつ、苦しい時にも随分とお助け願いまして、本当に頭が上がりませんです。

近年は毎初午祭の日に詣でさせていただきまして、感謝の意を表させていただいております。

ご利益はあの蛭〇様ご夫妻が鳥居を奉納されるほどですから、それはもう、言い尽くせないくらいであるのはもうおわかりだと。

さて、お社を辞しました後の小生の参拝順路は正面右手の脇階段を降りまして、若宮さまへ詣で仁徳天皇さまお后さまにご挨拶致し、さらに白旗神社さま↑で頼朝公/実朝公にご挨拶申し上げてから、国宝館の前参道を通って源平池へ出て、最後に旗揚げ弁天さまを参拝して終了となります。この順番に祖霊社、牡丹園が季節によって加わります。

旗揚げ弁天さまがおわす弁天島を背景にしてみました。

7月上旬にはこの池一面が白蓮の花でいっぱいになります。

今は鮮やかな蓮葉の中で蕾が徐々に膨らんでいる最中でございます。

源平池の白蓮はまだほとんど咲いておりません。

ちらほらと、気の早い早咲きさんが2~3輪咲いているくらいでございます。

旗揚げ弁天さまの居られる側の源氏池は大方、白蓮ばかりなのですが※なにせ、源氏ですから・・・、最近は赤蓮が侵入してきたりしています。

神さまも多くの年月を経て、それこそ、幾万/幾千万の人の子の願いを聞いてこられると、過去の遺恨など雲散霧消、今は唯、参拝に詣でる人の子の願いを一つでも叶えることに専心なさるので、些末な由来の因縁など関係なくなるそうでごさいます。

良い例としては神田明神の平将門神さまもまたそうでありまして、成田山のお不動さまとの言われなどがよく話にのぼりますが、神さま曰く今は全く無いそうでございます。

なにより、鶴岡八幡宮の神さまは石清水八幡宮さまから勧請なされた八幡大神=応神天皇さまお后さま、でございますから源平の諍いなど本来であれば関与なさらないであろうことは想像がつきますです。

ただ、武勇に優れることを当時のもののふの人々が心から願うたため最強最適な守護神としてお祀り成された、と言うだけでございますから。

ただ、ひたすらに人の子の信仰心に報いるために、持てるすべてのお力で道を開き縁を結び功を成し手を差し伸べて助けようとなされる神仏のなんと、尊いことか・・・。※駄目なものはダメ、願掛けをした人の子にとって良くない事となる場合は、例え願主が願っていても叶えることはしないそうですけれど。なんと、お優しく慈愛深く。

識子さまによれば、天照大神さまは「この国の未来は明るい」と申されたそうです。今の混沌とした世の中に沈んでしまっていますと、その言葉が本当なのだろうか、と疑りたくもなってしまう小生でございますが、今こそピュアな信仰心をちよっとでも持って、自分が生まれてきたことの意義を少しでも思いやって、足りないところは神仏にチョットおすがりして、不安になりつつもまた一歩を踏み出せるのであれば、きっと天照大神さまの申された「この国の未来は明るい」につながっていくのだと、小生は理解しております。

そのためにも、あと一日しかございませんが、神社仏閣へお伺いいたして、この半年に自分についてしまった穢れ=人から浴びせられた悪い気/自身の発してしまった悪い気、を綺麗さっぱり払い落としていただいて、残り半年を新鮮な気持ちで過ごされてみられるのも、宜しいのではないか、と小生は思いますです。