共命之鳥 | 亀の勉強部屋

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子どもの頃病気で右耳が聞こえなくなりました。片耳だけで頑張って生きてきました。


共命之鳥
月参りの時に貰うお寺だより。

お寺と檀家の通信のために毎月発行しているおたよりです。

最初のころはお寺さんはパソコンで作成していました。

 お歳の性もありますが、パソコンが言うこと聞かなくなり途中から諦めて自筆で直接書き込むようになりました。

 パソコンというのはユーザーが教え込まなければ余分なことをしないと高を括っていた。

ところが、パソコンを持って見ると、ユーザーが要求もしないことを勝手にやってしまいなかなか思うように編集できないことを知りました。

 これでは、我々年配者はとてもついて行けません。パソコンはそれなりの知識がないと中々扱えない事を思い知りました。

今日の課題はこのおたよりの下段に書いてある〝共命之鳥″を取り上げて見ました。

お寺の高窓にステンドグラスがはめられています。ちょっとお寺には不似合の感じがしますが、住職さんのお知り合いにステンドグラスをはめさせてくれという人がいました。

このおたよりの上段の写真がその一部です。

 

 阿弥陀経に出てくる共命之鳥。仏典では、身体は一つだが、頭と心は二つもつ珍重として登場する。昔、共命之鳥の中でも、とりわけ素晴らしい鳥がいました。しかし、二つある頭のいずれもが「私の頭の羽毛は比類なく美しく声も世界一美しい」と主張しました。そして互いに憎しみ合い争うようになりました。遂には「片方さえ亡きものにすれば、この私が世界一になれる」と考えるに至り、密かに毒を混ぜ、片方に食べさせました。食べた方はもちろん亡くなりましたが、食べさせた方も体が一つですから亡くなってしまいました。「他を滅ぼす道。他を生かす道こそ己の生かされる道」と鳴き続けています。

共命之鳥と書いて「ぐみょうしちょう」と読むらしいのですが、パソコンに「ぐおみょうしちょう」と打ち込んでも変換してくれません。「きょう いのち の とり」と打ち込んで間に合わせました。パソコンは厄介です。

この課題にあっているかどうか分かりませんが、人には悪い人と良い人がいます。どの人が悪いとかどの人が良い人かというのはその人その人が決めることです。世の中にはこの人が悪いとかこの人が良い人という決まりはないと思います。これは各々が勝手に決めつけているだけだと思います。ある人には悪い人でも、ある人には良い人なのです。

さて話題は変わりますが、元総理の森さんが女性を差別した発言をしたとかで役を下ろされました。

森さんは後任に川渕さんを推薦しました。川渕さんは役を引き受けることを承知しました。ところがそのことが報道されるや否や彼の家に批判をする電話がひっきりなしにかかってきたそうです。ご高齢の川渕さんにはとても耐えられぬことでした。直後,彼は要求を断わることにしました。一寸したことで執拗に騒ぎ立てる人がいます。森さんがそんなに悪いことしたのでしょうか。こんなことをやっていたら後を取る人はいなくなります。オリンピックは開けなくなります。彼らは何を考えているのでしょうか。石川県民は皆嘆いています。森さんはいい人です。一寸した失言で騒ぎ立てないで下さい。

そんな事をしていたら決まることも決まらなくなってしまいます。

人の揚げ足を取るようなことをしないでほしいです。みっともないことです. 日本の恥です。