買った時のことは、今でもよく覚えている。
まだ、実家に住んでいた頃、内容は忘れてしまったが、僕はドキュメンタリー番組を観て
いた。その番組の最後に姫神の曲が流れ、はじめて聴くその曲に僕は大いに感動した。
(誰の曲だろう・・・) と、画面をよく見ると、右下の方に 姫神 というテロップが出ていた。
(・・・・ヒメカミ?) 何て読むのかよくわからなかったが、まぁいいやと思い、その日は寝
た。
次の日、僕は早速近所のCDショップに行った。その店は、初老の夫婦が経営している
小さな店で、主に、夫の方が店番をしていた。僕は、店主に、読み方に自信がなかったの
で小さな声で 「あ、あの、ヒメカミって言うんですかね・・・CDあります?」 と、尋ねた。店主
は、「あぁ、無いねぇ」 と、言った。僕が、「そうですか、わかりました」 と、店を出ようとした
時、店主が 「あれはねぇ、ヒメジン と読むんだよ」 と、言った。僕は、「あっ、そうですか、ヒ
メジンって言うんですか、ははは・・・」 と、言い店を出た。 少々恥ずかしかったが、読み
方がわかってよかったと思った。

数日後、今度は電車で二十分ほどの所にある大きなCDショップに行った。
店内に入り、僕は若いスタッフを呼び止めた。そして、自信満々の笑顔で、「ヒメジンのC
Dありますか?」 と、尋ねた。すると、スタッフは、しばらく考え込み、「・・・あっ、ヒメカミです
ねそれならこちらです」 と、言った。
(・・・・・・・・・。) (・・・い、今、あの丁稚は何と言いおった・・・ヒメカミと言いおったか・・・)
僕は、そのスタッフの後について行きながら、急激に体が冷えていくのを感じた。
あちらの店主は 【ヒメジン】 と、言い、こちらのスタッフは 【ヒメカミ】 と、言う。 僕はあち
らの店主を信じ、スタッフに 「ヒメジンのCDありますか?」 と、自信満々の笑顔で尋ねた。
僕は、店主の方を信じたかったが、体は冷える一方であった。
スタッフに案内された場所には、【ヒメジン】 のCDがズラリと並んでいた。僕は、そこか
ら一枚抜き取り、恐る恐るジャケットを見た。

冷えていた体が一気に熱くなり、脳味噌が気化する思いであった。
そこには、【HIMEKAMI】 ヒメカミと書かれていた。 僕は、自信満々の笑顔でデタラメ
の名前を口にしていたのである。
(あのクソジジィ~・・・) 恥ずかしさと怒りの感情が同時に湧いたが、今は、傍らに立っ
てこちらを見ているスタッフを、どうにかしなければならない。 僕は、咄嗟に 「ん?これは
ヒメカミじゃないか、私が探しているのはヒメジンだよ、ヒメジン!」 「この店は、ヒメジンも置
いてないのかね、話にならん!帰る!!」 と、逃げようかとも思ったが、スタッフが本気でヒ
メジンを探しだしても困るので、「・・・これ、ください」 と、CDを一枚スタッフに渡し、それを買
って逃げるようにして家に帰った。
家に着いても、まだ怒りは収まらなかったが、とりあえず買ってきたCDをかけた。
曲を聴いてゆく内に、怒りの感情は徐々に薄らいでいった。しかし、まだあの時の恥ずか
しさが僕の心にへばりついていた。 その日、僕は、何度も何度もヒメジンいや、ヒメカミを
聴いた。
亀久
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