映画『ひゃくえむ』を観終わったあと、胸の中に静かに残るのは「なぜ人は走り続けるのか」という問いでした。
100mという距離は、ただの数字ではありません。人間に価値を与えるものでもあり、不安や葛藤を突きつけるものでもあります。陸上はシンプルです。誰よりも速く駆け抜ければ、それだけで勝者になれます。その単純さの中に、人が抱える複雑な思いが濃縮されていました。
登場人物たちは、不安を消そうとはしません。むしろ、不安を抱えたまま「on your marks」とスタートラインに立ちます。現実を直視することは恐ろしく、目を閉じても逃げ場はありません。それでも走り出すのは、走ることでしか現実に触れられないからだと思います。
この映画は観客に問いかけます。何の為に走り続けるのか?
勝つため、自分を証明するため、ただ「ガチになる」ため。理由は人それぞれでも、本気でいるときにこそ人は幸福を感じられるのだと、本作は教えてくれます。
100mという短い距離には、この世のシンプルなルールが凝縮されています。誰よりも速く走れば、全ては解決する。それは残酷でありながら、美しくもある真実です。
『ひゃくえむ』は、陸上を知らない人であっても「陸上っていい」と感じさせてくれる映画でした。観終わったあとも、その余韻は心に長く残り、走ることと生きることが重なって見えてきます。
そして思い知らされます。人生の100mは一度きりで、立ち止まれば終わってしまうということを。歓声が消えても、風が止んでも、時は待ってはくれません。だからこそ、全力で駆け抜ける姿は痛いほどに美しく、心を揺さぶります。
『ひゃくえむ』はただの青春映画ではありません。それは観る者に、あなたは何のために走るのかと突きつけ、逃げ場のない現実の中で、本気で生きることの意味を強烈に刻み込む作品でした。
そしてスクリーンを離れたあとも、その問いは観客の胸の奥で走り続け、決して止まることはありません。