エンタメジャンキー記録。映画、マンガ、小説など消費したソフトの感想。 -28ページ目

『モダンタイムズ』伊坂幸太郎

超能力者がファシズムと戦う「魔王」の続編


チャーリー・チャップリン監督による同名映画の、本作は現代版・伊坂流モダンタイムズである

映画では、チャップリン演じる工場の労働者が、生産ラインの文字通り歯車の一部となって悪戦苦闘するくだりが愉快だが

その滑稽で哀れな労働者の姿こそ、全体主義への痛烈な皮肉であり

全体の機能維持のために、犠牲になる少数の個人を象徴的に描いていた

多少そういう事があっても仕方ないのではないか、と思えたりするが

でもそれは、自分がその少数のほうに入らないことが前提だ


小説の話に戻ると

ある特定のキーワードを並べてネット検索した人間は、国家によって監視されることになり

そのキーワードは、国家が隠蔽している事件と関連する事柄で

それらを組み合わせて調べた者は、事件の真相に近づいているということ

ゆえに口封じ処置がなされていく


国家は、国民の健全な生活を維持するためのシステムを、構築して運用すべきであり、

システムを運用することが目的となっては本末転倒なのだが

現実社会も往々にしてそうなりがちだろう

システムを問題なく運用するために、多少の犠牲をいとわなくなり

その多少の犠牲に含まれてしまったSEが主人公である

物語の展開がゆっくりで、伊坂作品にしては疾走感に欠けているが

表現のユニークさは、真骨頂といえるほど秀逸

天才的な言語感覚を駆使して、あの手この手で楽しませてくれるから退屈しない

「ゴールデンスランバー」とテーマを同じくし、一対となる作品だ

ただ、どちらの作品も根本的解決には至らず、国家との対決は決着しない

現実にはそうそううまくいかないだろうが、小説では胸のすく大団円が読みたかった

『切腹』小林正樹監督

浪人・津雲は名門井伊家を訪れ、庭先で切腹させてほしいと申し入れた。

その時代、浪人たちの多くは戦の世が終わり仕事がなくなってしまい、食にも窮する有り様だった。


素性の知らない浪人に、庭先で切腹されて、屋敷を汚されちゃたまらない。

ちょっとお金をあげるから他でやんなさいよ。

というわけで、

浪人が迷惑な申し入れをする魂胆は、追い払うために用意されるお金を貰い受けようというもの。

…だが、浪人に舐められては井伊家の名に傷がつく。切腹させてやろうではないか。嫌がるようなら無理矢理にでもやらせる。それが噂になれば、同じような目論みの浅ましい浪人を遠ざけることができる。

数ヶ月前にも同じ申し入れをしてきた浪人がいて、最初から死ぬ気などなかったのだろう、持っていた刀を調べたら案の定、竹光であった。
井伊家は見せしめのため、浪人にお金を渡さず、刃の無い竹光で切腹させて辱しめた。


津雲は切腹の介錯人を指名して、

介錯人が到着するまでのあいだ話でも、

と語りはじめた。

実は竹光で切腹した浪人は自分の身内だと…。


主演・仲代達矢が、淡々とした独特の語り口で、鬼気迫る演技を見せる。

橋本忍による脚本が素晴らしく、先の展開がまったく読めない冒頭の衝撃から、迫真の殺陣へとなだれ込むラストまで、見る者の緊張感を失わせない。


47年前に製作されたのに、いま見ても新鮮だった。

本物の映画は色褪せない。

『悪意』東野圭吾

小説家が自宅で不審死しているのが発見された

第一発見者は、妻・理恵と友人の小説家・野々口

東野作品のレギュラー、加賀刑事が事件の解明に挑む

以下ネタバレ

本作は加賀刑事の捜査報告書と、野々口が執筆した事件のドキュメンタリーが交互に書き綴られていく構成になっており

二人の語り部によって事件の真相が徐々に明かされていく仕組みである


犯人は比較的早く判明するが、事件の背景や動機が不明で

その動機こそが本作のテーマであり、タイトルにかかっている

人が人を殺す理由は、当人にしか理解できない

果たして犯人の動機は殺人を犯すほどのものだったのか

自分と誰かを比較して優劣をつけたり、自分より多くもつ人を羨み妬む気持ち

それは誰しもが持っているものだが

正直、この犯人の心情は理解できない


本作は全編とおして、読みやすく、こざっぱりした印象である

トリックや動機も、大袈裟なものでもなく、ヒネリもない

だが、実はこの作品自体が、読者の人間性に問いかける踏み絵になっている


複数の人間が犯人について知っていることを証言する記述がある

自分と違う価値観を持つ他人に向けられる無自覚な悪意が、さりげなく描写されており、読んでいて背筋が凍った


「悪意」の反対語は「善意」なのだろうか

もしかしたら「無関心」かもしれない

あなたの悪意はどんなものか、と問われているような気がした