新入社員に普通の牛丼を買って来てと頼んだら特盛買ってこられた。新入社員曰く、自分には特盛が「普通」の牛丼なんだと。
と、言うような話をネットでみかけて思ったこと。
書いた人も「並盛」とちゃんと言えばよかったと半分後悔しているようだったけど、まあ、そうなのよね。
「並」って言ってたらたぶん新入社員もそのとおり買って来たはずなのだ。
「普通」なんて曖昧な概念は個人によって違う。
家の中、土足が多くのアメリカ人にとっての「普通」であり、「家の中では靴を脱ぐ」のが多くの日本人にとっての「普通」なのだから。
「普通」という言葉は「常識」という言葉に置き換えることができる。
「常識」も曖昧な概念だ。
が、しかしだ。
「普通の牛丼」と言われ「特盛」を買うような人間の擁護は、けしてできない。
「特盛が普通」という自分の観念を、人からの依頼に対して何の躊躇もなく当てはめて行動する浅はかさは否めない。
何でもかんでも聞いて来る新入社員もちょっとあれだけど、不確実なことを確認もせずに自分の観念で行動してしまう新入社員は怖い。
今回の話にしたって一言、確認を取っていれば済んだ話である。
逆に、上司の「普通」が特盛だったとして、それを知らない新入社員が「普通」の牛丼と言われ「並盛」を買って来たら、「俺の普通は特盛だ」と怒られた。
という話になれば、明らかに理不尽なのは上司のほうだ。とわたしは思うのだが・・・
この場合は、新入社員にとっての「普通」が何盛りかは、この文章だけではわからない。実は大盛が彼にとっての「普通」なのかもしれない。
だけど、自分の常識を押し付けることなく、一般的に「普通」とされる「並盛」を選択したのかもしれない。もちろん深く考えず、普通=並盛だと思ったのかもしれないが。
普通=常識
常識とは・・・
『健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。』
だから、人から「普通」と言われた場合に自分にとっての「普通」を何にでも当てはめることがそもそも間違いなのだ。
迷うことなく自分の「普通」である特盛を買って来た新入社員はこの話をどう感じるのだろうか。
