2010年9月26日
月を浴びるのが好きです。
スポンジが水を吸うように、胸に中に何かが沁み込み続けていて、いつまでたっても、まだ離れたくない、っていうことになります。いつも。
仕事から帰ってうどんを食べると、いつものように、自転車で2分の砧公園に向かう。
広ーい芝生を取り巻く巨木のシルエットは山の稜線のようで、深い山間なのにひらけたその不思議な場所で、虫の声に包まれ、草と土の匂いの中で、夜露で濡れた芝土を裸足で踏みしめる。
明るい一つの星と、稜線から昇り始めたばかりの丸くて青い月に照らされて、パンデイロをリクのように代用してマルフーフを叩いた。
(※リク…タンバリンみたいなの)
(※マルフーフ…アラブのリズム)
体は勝手にステップを踏み始めて、動きはどんどん深くなってゆく。
踊らずに叩いている時とはリズムの感じ方が全然違う。リズムの、違う面が見える。リズムの解釈が深まる。
雲ひとつなかった空には、いつの間にかちぎれた綿菓子のように沢山の雲が輝いていて、明るかった。
息を呑むような美しい光景を見つめて、踊りながら浴びつづける。
明るい雲の群れが通り過ぎて、また月と一つの星だけの空になると、今度はどういうわけか、海としか思えなかった。
最初と同じはずなのに、雲が通ったら、海としか思えない空になった。深い深い静かな海。
その海面のはるか下の下の海の底で、はるか上の方の海面の輝きを見上げながら踊りつづける。
やがて、月はもう真上を通り越していて、僕も家に帰った。
部屋の中で、土で黒くなった足の裏を見て、何か遠い記憶が蘇りそうな感覚になった。
今回の人生よりももっとだいぶ遡るような。
今の自分にとっては未知の、何か。
多分とっても大切で、すごくシンプルなこと。
このままリズムに身をゆだねて導かれてゆけば、もっとはっきり思い出せるような気がした。
今まで何年も、どうして土も付いていないあんなきれいな足の裏をしていたんだっけ??
…とても不自然なことに思えた。
最近、いろんなことが浮かび上がってきて呼び覚まされていくような感じがある。
いろんなことが重なって。
自分に欠けていると感じていた要素が芽生えてきている。少しずつだけど、でも着実に。
僕が僕だと思っていた性格・人格の「枠」。
その「枠の外」の資質を持った自分が、僕の中にもう存在している。いくつも。
自己イメージとしての「枠」が拡大している。いや、むしろ「枠」自体があやふやになっている。(これは僕の好きな感覚だ)
自分の人格が変容してゆく。
変わらないものと思い込んでいたことも含めて、いろんなものが変容している。
自分の求めるものも、シンプルで明確なものへとシフトしている。
人との出会いや、ものごとの発生と展開の仕方のリズムも明らかに変化している。急激に。
とにかくテンポが速すぎて、ちょっとまだ慣れなくて流れに乗り切れてない感がある。
とにかく今までのスタイルでは全然追いつかないので、いろいろとシェイプアップしよう。
持ち物の整理、部屋の整頓。捨てられる物もまだ沢山ある。生活スタイルも見直して、とにかくシンプルで軽い状態でいることが今僕に求められている。
一年前からコーチングを受けていて、どんなに落ち込んだり無気力な時でも拠り所となる精神的な「土台」が安定し、自分が本当にやっていきたいことのヴィジョンが僕の中の「軸」として(背骨のように)確立された。
その土台と軸が確立したからこそ、今の急激な展開が起こっているんだと感じる。
ようやく本当の意味で、波に乗る準備ができてるんだと思う。あと少し。
最近は特に瞑想の時間は設けていないけれど(昔はよくやってた)、通常の意識状態時に、けっこう明確なインスピレーションが入ってくる。
リアルタイムで潜在意識と対話することが増えてきている。(体の繊細な感覚を感じてみることも、潜在意識との対話。)
そしてその対話を機に『あ、そっか、じゃあ今後はこういうことをやっていこう!』と自分の中で「決める」と、その日の晩や翌日とかに、そのきっかけとなるすごい出会いがやって来たりする。
もうすぐ2011年。もうそんなリズムになっているみたい。
公の場で表現(宣言)するとその作用がより一層顕著になるな~、と実感しています。
ということは重要なのは自分がどうなりたいのか、何が欲しいのかを選択することであって。
あとはそうすると決めて、思い描いて、宣言すればいいだけだから。
黒い足を拭くのがもったいなくて、そのまま布団にもぐり込みました。
おやすみなさい。