彼女は言った。
「一緒に暗闇に堕ちよう」
真夏の暑い日だった。
人間関係も、家族も、日常も、全てが嫌になって、
当時付き合っていた彼女と共に夜に駆け出した。
彼女は、りさは、初めはあまり乗り気ではなかった。
私の単なる我儘だった。
お金、少しの水、食料…
生きるための最低限のものをリュックに入れて家を出た。
どうせ気が変わったらすぐ戻ってくる、そう思ってた。
りさは、ナイフだけをリュックに入れてきた。
大切だったものを全て壊してきたんだと言う。
「ゆいならきっと、お金とかもってきてくれるとおもってた」
少し笑いながら言った。
家を出てから三日と経ち、そろそろ食料が尽きてきた。
慎重にお金を使う。
2人でちびちびと食事を取って、公園の水道で水浴びをする。
「気持ちいいね」
そこで初めてりさの体を見た。
裸のまま、月明かりが照らすベンチで行為をした。
朝がやってきて、服を着て。
数週間がたち、お金も食料も尽きた。
「りさ、帰ろう?」
「嫌だ、最後までやりきらないと」
とうとう私たちは万引きに手を出した。
不思議と恐怖はなかった。
2人ならどこまでも行ける、そう思ってた。
そこにはもう二人の間に愛と呼べるものはなかった。
お互いが依存しあっていた。
生きるため、現実から逃げるため。
この逃避行をやりきるため。
公園の水を飲んで、万引きをして、警察から逃げる毎日。
意外にも、この状況を楽しんでいる自分がいた。
今までが箱に閉じ込められていたみたいに。
蓋を開けて、広い世界に出る。
それが私たちは暗闇だっただけ。
''普通''と何にも変わりはない。
世界を捨てて2人で箱を出よう。
2人いればどんな事でも怖くない。
逃避行をしてからちょうど1年がたったある日。
りさは、言った。
「一緒に暗闇に堕ちよう」
「もう十分暗闇の中にいるじゃないか」
「足りない、もっと欲しい。ゆいはまだ光を掴んでる。その手を離して?」
りさの言う光は理性だ。
これを離してしまえば戻れなくなる。
まだりさと生きていたい。だから、
「嫌だ。私はまだりさと生きていたい」
「そう、じゃあ」
しばらくの間の後、りさがリュックを漁る。
「一緒に堕ちたかったな」
そう言って、右手に持ったナイフで喉を掻っ切った。
当たりがりさの赤で上書きされる。
りさは倒れるまで笑っていた。
「待って!りさ!私も、私も、暗闇に連れてって!」
私が見ていた暗闇は日陰に過ぎなかった。
りさが見ていたのはもっと暗い、本当の闇だ。
呆然と立ち尽くした私と、死んだりさを通行人がみつけ、警察に連絡し、保護された。
りさの葬儀。
首の傷は溢れんばかりの花で隠されていた。
ベンチの上ではあんなに暖かく柔らかかったのに、
今は冷たく硬い。
少しの感情も見られない端正な顔を見て、
私は恐怖を抱いた。
美しいはとてもいいことだか、度が過ぎれば、
恐怖の対象になる。
きっとこの顔が暗闇に堕ちた顔なんだろう。
りさはやりきった。
逃避行を成し遂げたのだ。
私も続かなきゃ。