東寺町の資料です
清州越しの際、
名古屋城の防衛上の見地から広い境内を持つ寺院、約40ヶ寺が東寺町に配置された。
東寺町は、
名古屋開府と共に、徳川家康の城下防衛の構想のもとで寺院が集中して配置された場所です。
東側は法華寺町筋、
西側は禅寺町筋です。
法華寺町筋の両側には日蓮宗の寺が、
禅寺町筋の東側は曹洞宗、西側には浄土宗の寺が集められました。
真宗(本願寺)の寺が無いのは、過去の一揆の歴史から寺町を形成させず、監視の目の届く所に散在させました。
清州越しでこの様な寺の配置がなされたのは、
寺の集合地域は一旦事が起これば、ここに大軍を集結させて、
城下防衛と治安維持の為の砦としての役目を果たせるからです。