石黒重行の墓(瑞應寺)…北区如意2-73(北区名勝標札 №4) | 「洋ちゃん」のひとりごと

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私「洋ちゃん」、北区内にある

名古屋市教育委員会設置の名勝標札巡りをしています。

その一環で

 

先日(21日)、

北区如意2-73、如意山  瑞應(応)寺に設置されている

「石黒重行の墓」名勝標札をデジカメ

 

地図の説明

 ↓瑞應(応)寺は、尾張名所図会に紹介されているお寺です。

如意山  瑞應(応)寺について

↓ 北区史跡散策路より引用

・14世紀中頃の発足時は「瑞竜寺」といい、夢窓疎石(夢窓国師)の創建といわれる。

・境内北の墓地には、南朝の雄であり後に味鋺と如意の領主となった石黒大炊助重行の墓がある。

 ↓資料より

・臨済宗

・開山 夢想国師

・本尊 釈迦牟尼仏

・開基 石黒重行

 14世紀末南朝忠臣の石黒重行は、如意・味鋺の領主となり、寺の再興に尽力した。

 重行の九代目の子孫長谷川重成は、七堂伽藍を整備して寺を中興し仏法興隆につとめた)

☟名古屋の史跡と文化財より

 

デジカメ

↓ 山門の脇にあります

  石黒重行の墓名古屋市教育委員会設置名勝標札…№4

  南朝忠臣石黒重行之蹟


↓ 境内北にあり…デジカメ忘れ資料よりスキャン

(付記)

石黒重行について

山門をくぐり、境内に入る⇒静寂の世界…椎の老木がそびえ立つ⇒正面が本堂

↓ 本堂

↓ 境内にて

↓ 境内にあり

↓ 

 

(追記)

 

(21,307歩)