井上士朗の句《士朗 その13》;「どこでやら 鶯なきぬ 昼の月」 | 「洋ちゃん」のひとりごと

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江戸時代中・後期の俳人で

「尾張名古屋は士朗(城)で持つ」と言われた、

井上士朗の俳句‘どこでやら 鶯なきぬ 昼の月”です。       

士朗の著名な句で書物・展覧会等で度々取り上げられています。

古い作品のため黄ばみ老朽化していますが私の大切な収集品です。

士朗の句は分かり易くユーモアもあり大好きです。

 

枇杷園句集  

     巻之一 春 鶯

 に記載されている句です。

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井上士朗の略歴
寛保2 (1742) ~文化9.5.16 (1812.5.16)

江戸中・後期の俳人。初号支朗。別号,枇杷園,朱樹叟

尾張(愛知県)守山の人。

名古屋新町の町医井上家の養子となり,3代目を継ぐ。

俳諧を加藤暁台,国学を本居宣長,絵画を勝野范古,

平曲を荻野検校に学び,医者としても城下一の評判があった。

俳諧では,「尾張名古屋は士朗(城)で持つ」と俗謡にうたわれ,

夏目成美,鈴木道彦と共に寛政三大家のひとりとして重んじられた。

編著 は『枇杷園句集』『枇杷園句集後集』『枇杷園随筆

『枇杷園七部集』(1~5編)に収められる。

  
 
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