3月16日から翌日17日にかけ1泊2日で、
静岡県伊豆半島:下田街道~石廊崎~東伊豆方面へ、
息子の誘いを受けドライブで訪ねてきました。
(走行距離 780㎞)

旅行記を、思い出しながら数回シリーズとしてブログさせて頂きます。
旅行記…その1です。
出発(A.M.7時出発)
東名高速道路を利用ー伊豆縦貫道ー伊豆中央道ー修善寺道路まで
➡三方原P.A.にて休憩

(付記)
三方ヶ原の戦いについて
1573年(元亀3年)武田信玄と徳川家康の間で行われた戦い。
信長包囲網に参加すべく上洛の途上にあった信玄率いる武田軍を、
織田信長の派遣した援軍を加えた徳川勢が迎え撃ったが敗退した。
➡日本平P.A.にて休憩

(付記)
日本平の名称は日本武尊が東征の際に山頂から四方を眺めたという伝説に由来する。
➡富士川S.A.にて休憩
※観覧車から富士山と駿河湾が同時に見渡せるまさに”絶景スポット”とされていますが
雲天のため見られず➡残念なり‼


(付記)富士川S.A.で入手した栞よりスキャン

➡富士川S.A.を出てすぐデジカメ…高速道路上から、本来なら眺望できる方向

伊豆縦貫道経由
➡伊豆・村の駅(三島市安久)に立ち寄る…買い物

↓店内;買い物には妻と息子がいき、私は休憩。

➡流れ鮨 沼津 魚がし鮨・大仁(伊豆の国市吉田)にて…昼食



🔷さすが、本場・沼津の鮨…美味❣

修善寺道路経由
➡修善寺に着…散策
↓商店街…車窓

↓修禅寺:静岡県伊豆市修善寺に建立されている曹洞宗の禅寺。
(付記)
修禅寺について、
弘法大師空海が大同2年(807年)に開基したと伝わる古刹。
鎌倉時代に源氏一族興亡の舞台となる。
建長年間(1249-1255)に臨済宗となり、応永9年(1409)の戦乱により、
伽藍を焼失したが、その後、伊豆国を治めた北条早雲により再建され、現在の曹洞宗となる。



↓独鈷の湯(とっこの湯)…修善寺温泉の象徴的存在。
(付記)
修善寺温泉発祥の湯。
大同2年(807)、
修善寺を訪れた空海(弘法大師)は桂川で病気の父の身体を洗う少年の孝行の心に打たれ、
持っていた仏具(独鈷杵)で川の岩を打ち霊泉湧き出させた。
その湯に浸かったところ父親の病気はたちまち癒え、温泉療法が広まったと伝わる。

☟河原湯(足湯)…右上、赤矢印:平成22年4月オープン

※使用中の方がありデジカメできませんでした。
↓ネットより引用

☟桂橋…車窓

(追記)
修善寺温泉と修禅寺では、「善」と「禅」という漢字のが違います。
※修禅寺は鎌倉時代に宗派変更があったため漢字が変わったとの由。
… 続く
(日めくりより)
今日(21日)の言葉…春分の日
『春眠暁を覚えず』
👅
「春の夜は眠り心地がいいので、朝が来たことに気づけずつい寝過ごしてしまう」という意味。
👅
春の眠りは心地よく、夜が明けたことも気づかなかった。