先日(2月24日)
名東区本郷1-22(東名高速のすぐ西側)にあります
『神明社(藤森)』を訪ねました。
(付記…参考)
名東区内には、二つの神明社があり、もう一カ所は「神明社(猪子石)」です。
↓神明社(藤森)の場所

※今は高台の上に建つ。
以前はもう少し西の低い場所(36mほどの場所)にあったが、洪水の難を逃れるため現在の地に建つ。
☟参考に
↓本郷公園からの登り口方向をデジカメ

『神明社(藤森)』について
↓ネットより引用
| 所在地 |
名古屋市名東区本郷1-22 地図 |
| 創建年 |
不明 |
| 旧社格・等級等 |
旧村社・十等級 |
| 祭神 |
豊受姫神(トヨウケヒメ)
菊理姫神(キクリヒメ) |
↓名東区史跡散策路等より引用
藤森一帯(本郷・藤が丘・豊が丘)の氏神様で、創始年月日は明らかでありません。
始めは現在地よりも西方の低地にあったのですが、
いつの頃か不詳ですが、
現在の高台に移されました。今ある社殿は昭和45年に新しく造営されたものです。
境内の西側に「和尓良以神旧墟」と彫られた
小さな石碑が立っていますが、これは前述の神社の旧地跡に立てられていたものです。
※
創建は不詳。
元は、現神社より西方20間(36メートル)ばかりの低地にあったが、
洪水の難を逃れる為、現在の地に移されたと伝わる。
👇デジカメ
↓

↓由緒
由緒…正面からのデジカメ困難。

⇩記載内容;ネットより引用
祭神 天照皇大御神
豊受大御神
棟札に、貞和三年(西暦一三四七年)天照坐大御神
一宇再建、猿投大明神社、弘和元年白山宮修理、
他富士浅間社・山神社・天道社再建修復、享保九年、神明/白山 宮葺替等記したる数あり。
尾張志に、神明/白山 相殿社と呼び、国常立尊・菊理媛命を祀ると。
府志に、白山社創建は永享元年とし、社明相殿の由は見えず、故に後年相殿にしたるならんと説く。
社説に、上古今の社地より、二十間ばかり西方の低地にありしを、
後此所に移しし由いへりと、和爾良のことも付記。
近代までは、相殿の神々も本殿を離れた地に社を建て、各社名のもとに信仰されしは諸記にあり。
現在は神明社と称え、祭神と他の神々を相殿神として合祀する。
戦後英霊社を再建して末社となす。
合わせて斉しく尊崇を厚くする。
相殿神 国常立尊
菊理媛之命
木花開耶姫之命
小碓之命
大山祇神
迦具土之命
末 社 戦没英霊之命
昭和五十七年十月建之
↓年中行事

↓拝殿



↓末社 英霊社

↓境内の西側に「和尓良以神旧墟」と彫られた小さな石碑が立つ、
これは前述の神社の旧地跡に立てられていたものです。

↓「忠魂碑」か「戦勝記念碑」??


↓常夜灯

↓記念碑:「明治維新百年記念・神明社改築」記念碑

⇩記載内容;ネットより引用
記 念 碑
明治維新百年祈念事業として氏子崇敬者相計り
新規に社殿敷地を定め神明社造営計画を進め社殿様式は総て御祭神に依り
神明風として社殿 社務所 水屋 参道 林苑計画を施行し建物はすべて
耐久性の構造を主体に一部木造を配し新時代の神社建築の粋を集め計画施行し
尚社号標 灯籠等は特志家の寄贈による
(裏面) 起工 昭和四十四年二月十四日
完工 昭和四十五年四月十五日
(参考…1)
藤森村絵図より…弘化4年(1847)。

☟

(参考…2)
「名東区本郷一から三丁目」の町名の由来…名東区ホームページより
この地域の洞前・杁ノ池・大久田などの小字を総称して
「本郷」あるいは「郷」の名で呼んでいたこと、
また地下鉄本郷駅があることによります。
(日めくりより)
今日(13日)の言葉
『用心に怪我なし』
👅 👅
十分に用心をしていさえすれば、過失や失敗は起こらないことにたとえる。