天同

 

天同は「福星」である。したがって『紫微斗數全書』には「為福德宮之主宰、後云化福」、また「十二宮中皆曰福、無破定為祥」と述べている。

しかしながら天同の「福」とは、実際には「禍転じて福となる」という意味を持ち、不利が吉利に変わることにより、初めて「福」と呼ばれるのである。十二宮すべてにこの基本性質が存在する。

天同は情緒と意志の象徴でもある。だから諸吉を見るのを好み、また適当な状況下で少しの煞忌を見るのも好む。前者は情緒における平静で、後者は激発力である。

二者を比較すると、激発を受けた天同のほうが成果は大きい。そのため「馬頭帶箭」さらには「乾宮反背」の二種の格局がある。

「馬頭帶箭」は天同と擎羊が午宮で同度する。前人は「馬頭帶箭、威鎮邊疆」と言った。「乾宮反背」は戌宮の天同だが、辰宮における巨門化祿と文昌化忌の同行は、「否極泰來(不運が極みに達すれば、その後は徐々に好転する)」の象意である。

 

『紫微斗數全書』は命宮を論じて、天同守命時の様々な吉凶について詳しく列挙している。

「丙生人於巳亥酉宮安命、財官雙美福非小可、未宮次之」

巳亥両宮の天同は、天梁と相対する。丙年生まれの人は、天同化祿で、祿存が巳にあるため、「疊祿」の格になれる。「疊祿」というのはすべてが富の象徴で、もし左輔右弼・天魁天鉞を見れば、それは貴格を表すので、「財官雙美」と呼ぶ。

酉宮では、天同と太陰が相対し、会する巳宮の巨門は財帛宮で、丙年生まれの人は、天同が命宮酉で化祿になり、財帛宮にも巨門の祿存を見るため、これもまた富格となり、輔曜吉星を見れば富貴雙全を表す。

未宮では「天同巨門」が同度し、丙年天同化祿で、祿存が夫妻宮にあるため、「疊祿」を得た者の良さには及ばず、富貴は劣る。ここから天同は疊祿を好むことが見て取れる。

 

『紫微斗數全書』は天同坐命を論じて、「午陷、丁生人宜之」とも言っている。

午宮は「天同太陰」同度で、丁年生まれの人は、祿存が午にあり、太陰化祿・天同化權で、命宮はすでに「疊祿」である。天同化權は意志を増強できるため、午宮が陷地でも発展拡張が可能であることを示している。

この格局は、たとえば丙戊年生まれの人は、擎羊が必ず午宮にあり、「馬頭帶箭」を形成する。「馬頭」は午宮を指し(十二支の午=馬)、「箭」は擎羊を指す。これは「紫微斗數」における大格で、度重なる困難や挫折を経て、貧賎から富貴になることを表す。

しかし「天同太陰」は情緒の変化の幅が大きいことを意味するため、その人は貧賎から富貴に変わった後、しばしば心理上のバランスを失い、悲観的な考えを持ち、さらには疑いや嫉妬が多くなる。これは第五大限に出現しやすく、すなわち六十歳余りの時期である。

 

『全書』ではまた天同を論じて「若在亥地、庚生人下局。更遇羊陀鈴忌沖會、則孤單破相目疾」と言っている。

亥宮の天同は、庚年生まれの人は天同化忌だから下局になる。現在、各派の斗数は見解が分かれていて、天同不化忌という説があり、庚年は太陰化忌と定めているが、これは『全書』に「庚日武同陰為首」とあることによる。それにしても天同化忌に定めるのが妥当である。

参考になるのは、『全書』の中の別の説法である。「辰戌平和、丙丁生人利達、庚癸生人福不耐久」

辰戌二宮は天同独坐、対宮は巨門で、丙年生まれの人は天同化祿;丁年生まれの人は天同化權で、「利達(富と地位と名声を得る)」と呼ぶ。しかし庚年生まれの人は、天同化忌であるため「福不耐久(福が長続きしない)」と呼ぶに過ぎない。癸年生まれの人の不吉については、対宮が巨門化權で、故郷を離れることを意味するため、昔の人には好まれなかったからである。

戌宮の天同は「反背」で、二種の異なる星曜の組み合わせがある。

第一は辛年生まれの人で、天同が戌宮にあり、巨門が対宮辰で化祿になり、それに文昌化忌が同行する。

第二は丁年生まれの人で、天同は戌宮で化權、事業宮は太陰化祿・天機化科、同時に辰宮の巨門が化忌で、「四化齊會」の格局が成立する。

だから昔の人の「天同在戌、丁辛人遇反為奇」という言い回しは、つまり「乾宮反背」を説明したものである。

天同は化祿を好むが、適当な状況下においては、かえって化忌が激発を加えるのを好み、これこそが「反背」格局の原理である。激発を受けてしまえば、決まって不利が転じて有利に変わり、貧賎から富貴に変わるため、「否極泰來」と定め、おそらく白手興家(無一文から身を起こす)の典型的な格局であるに違いない。

しかしこの局を、昔の人は女命に適さないとした。

 

女性の命宮にある天同について、昔の人は天同太陰の同宮と相対(つまり子午卯酉宮)を好まず、また天同天梁の同宮と相対(つまり寅申巳亥宮)も好まなかった。「雖美而淫(美しいが淫ら)」の格局としたからである。

実は、推断の鍵は「意志力」にある。

天同は太陰の影響を受け、意志が比較的に弱く、さらに火星や鈴星の刺激を受けるのは良くない。

天同は天梁の影響を受け、人生が夢であるかのような感覚を持ちやすく、擎羊や陀羅を見るのは良くない。

だから『全書』には「女人逢煞沖破、刑夫剋子(夫子の運を壊す);梁月沖破、合作偏房(愛人や後妻になる)」とあり、特に天梁と太陰二曜が天同に与える影響を明確に示している。

天同は祿を得すぎても、情緒のアンバランスを引き起こすので、感情面においては、女性にとって好ましくない。しかしこれは先人の道徳基準で、おそらく現代の潮流にはそぐわない。

 

天同が象徴するのは、情緒と意志であるため、この星は最も推断が難しく、祿・權・科・忌を見る場合は特に、星曜の性質にバランスが足りているかどうかに注意する必要がある。

昔の人は命を論じて、天同が祿を得るのをとても重視したが、化祿でも祿存でも良く、これは財祿において養生ができるからで、情緒のバランスを取りやすい。しかし感情面の問題については論じられておらず、古代社会では、男女の恋愛がなかったと言え、正式な結婚はすべて親の媒酌によるものであったため、この問題をおろそかにしたのである。

もし感情面について言うなら、天同は祿を多く見るのを好まず、特に「天同巨門」が同度する場合、心に苦痛を生じる恋愛になりやすい。これは巨門が暗曜で、天同の内心の情緒を覆い隠してしまうからである。

天同に祿が重なると感情の悩みが多くなり、俗に言う「飽暖思淫慾(欲には限りがない)」という一句に例えられる。