悪くなる時は「坂道を転がる」けれど良くなる時は「薄紙をはぐように」 | クラニオセイクラルな日々-あたまをさわれば幸せになる

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大阪市淀川区西中島かなや整骨院院長のブログ

ココロに効く、カラダに効く、クラニオセクラル・セラピー

広島市のF医院さまで頭蓋仙骨療法の施術をしてきた。一日で二十人ちょっとのクライアントに施術、というのはなかなかに楽しい経験よ。オレが鈍くさいながらも治療を組み立てられるようになったのはこういう経験を二十七年、毎月一回持たせていただいたから。

 

それでね、拝見する患者さんの症状はそれこそ千差万別よ。ただね、えげつない症状であっても発症してから時間が経っていなければ割と簡単に改善してくださるの。長いこと抱えておられる症状は、やっぱり良くなるのに時間がかかる。

 

一番の原因はねえ、「改善」にフォーカスしてくださらないということなんだとオレは思っている。例えば腰が痛くなった。ほおっておくとだんだん痛みが強くなってきた。あるいは何かの拍子にひどく痛むので、それが気になって仕方がない。はじめは痛かったのは腰だけだったのに、膝まで痛みだしてきた。こういうケースが多いのよ。この時クライアントの脳は「腰の痛み」にフォーカスしている。「腰は今日も痛むのか」「腰の痛みは悪くなってきていないか」というイメージをずっと保持しているとね、カラダはそれに付き合ってどんどん痛みを感じるようになる。「弱り目に祟り目」というでしょう?それはカラダにも当てはまる。カラダの症状の場合は「坂道を転がるように悪くなる」と表現される。

 

「調子はどうですか?」と伺って「まだ痛い」という方は痛いか痛くないかの二者選択を頭の中で行っていることが多いと思う。もちろん施術に全く反応しないケースでは手技の処方が不適当だったりレッドフラッグであったりの可能性はあるよ。ただそういうクライアントに「できるようになったこととかない?」と伺うと大抵は「杖がなくても歩けるようになった」とか「短時間だけれど学校に行けるようになった」とかどこかで変化はあるのよ。そういうひょっとしたらほんのわずかな変化に脳がフォーカスするようになると、日々、症状が改善していくのが認識できるようになる。

 

施術すればわずかずつでもカラダは変化する。それをクライアントに認識していただくのもオレの仕事なんだと思う。