父の生活と自分の生活 | 独学でも衣装作家!? 高良海のアメブロ。

独学でも衣装作家!? 高良海のアメブロ。

『一生つかえる服作り!』をテーマに、服作りに関する独自の視点、作り方をブログ、YouTube等で発信、服作りオンラインスクール運営。《ヴィレッジヴァンガード様でブランド名 high good として衣装販売中》著書「服作りは不器用こそ有利」AMAZON洋裁ランキング第1位獲得。

どうもkaiです。

 

父が新しい施設に入居して約3カ月経ちました。

 

その間に色んな事があり、正直面倒です。

 

父が面倒というよりは、父を取り巻く家族関係が本当に重荷です;

 

父が片足を切断し、新しい施設に入り住民票や色んな手続きを終えてひと段落した時、生理が来なくなり妊娠している事が分かりました。

 

それから初期の悪阻などで父の透析の付き添いがなかなか、というか・・・

ほとんど出来ずに父の透析拒否が再び…

 

どうにか付き添おうとしたところで施設でのインフルエンザが流行り、妊娠している私は施設に行けなくなりました。

 

 

それが去年の12月末です。

 

そして年明けの1月12日に姉妹で集まり(旦那も)、今後の父の対応についての話し合いをしたのですが…

 

とりあえず葬儀のお金についてがメインであり、父の透析や付き添いについてはあまり話が進みませんでした。

 

毎月、父の透析の付き添いや通院日の送り迎え等のレンタカー代は姉2夫婦が5000円ずつだし、私たち夫婦が13000円という事で話がおわり、話し合いが始まる前から想像していた通り父と面と向かって関わっていない姉達とは全く意見が合わず、とりあえず聞いて用件だけ話して帰宅。

 

その後、悪阻は続き、父の所に行けずにいると父は毎日の様に電話をしてきて『この牢獄から出してくれ』と言い始ました。

 

インフルエンザが流行っていた為、妊娠中の姉も行けず、もちろん東京の姉も行けないので対応は私がしなくてはいけません。

 

とはいったものの、身体が思う様に動かず;結局、形成外科の通院日にやっとという感じでした。

 

その病院の帰りに父が『タバコを買え!』と怒鳴り、お腹が痛い中何とか付き添った私は愕然とし、施設の近くに着くまで罵声を浴びせられ、耐え切れずコンビニに寄って、タバコではなくお菓子を沢山買い、父に直接と施設の人に『父がわがままを言った時に渡して下さい』と施設に預ける分を買いました。

 

帰りはお腹が痛く、帰ると出血していました。

 

次の日すぐに病院に行ったものの妊娠初期はよくある事だからと言われ、生理2日目の様な血の量だったらすぐに来て下さいとの事でした。

 

実は以前、3度流産していた私はこの時期ものすごく神経質になり、出来るだけ安静に過ごす様にしていて、それでもやっぱり今までが今までなので不安が大きく、とても父の事を考える余裕がありませんでした。

 

言い訳と言ってしまえばそれまでですが。

 

そしてそれから2日が経ち、激しいお腹の痛みと大量の出血があり、旦那に支えられながらタクシーで病院へ。

 

 

 

不安は的中し、また流産していました。

 

 

 

それからは施設の人からの電話も出る元気はなく、本当にうんざりしていて、しばらく連絡しないで下さい。と施設のケアマネジャーさんにメールをして距離を置き、2月に入ってやっと気持ちが安定してきたので父に会いに…

 

 

部屋も整頓されておらず、テレビしかない部屋を見た時に『私は自分の事ばっかり考えていたなぁ』と悲しくなりました。

 

私が父の所に行けていない間に透析中に薬を使って眠らせようとか、色んな事を施設の人が考えてくれていて、それも申し訳なく;

 

今はまた、父が透析を受けるにはどうしたらいいのか?

施設での過ごし方などを旦那と考える様に…

 

とりあえず、DVDプレイヤーと父が好きな海外ドラマや映画を持っていく事にしました。

透析の時はお菓子を持っていき、施設にも預けて…

 

 

 

 

 

また父と関わる様になって、父について《話し合う》グループLINE(姉2人と旦那さん達合わせて6名のグループ)で色んな事を話す機会が増えました。

 

私は足りないお金をみんなで出し合う、父の病気の状態、施設からの連絡ぐらいしかやらないので正直このLINEグループは重荷なだけなのですが、おそらく【父の為に話し合おうグループ】に見えるだけの【自分これだけ父の事やったよ!アピールグループ】だからです。

 

 

重荷。

 

 

実際に動くのは私がほとんどで、負担を分担しようなんてほぼ不可能で、父が死んだ時に【やらなかった後悔】をしたくないだけのエゴで出来た産物だなぁと感じます。

 

なので私はただのエゴに振り回せて、泣いたり、感情を抑えるのにうんざりしています。

 

父と本当の意味で向き合って、関わった事のない人には分からない事で、私が話しても伝わらないんですよ;

 

それは仕方ないと思います。

その《場》に居ないと感じる事の出来ない空気や体験ってあると思うので。

その事を忘れて、《分かってもらおう》としていたのがそもそもの間違いでした。

 

家族って一番距離を測りにくいものですね。