リスカの理由。
うむ~~ん。
依然つけたリストカットの痕が痒い。コレは単純に乾燥のせいではない。
仕事中もポリポリ。ガリガリ。痒いったりゃ、こりゃ。
ここのところなぜかイヤなこと、面倒なことがあると、傷口が痒くなる。
傷口が、『あんた馬鹿ねえ』と言っている。そりゃそんな傷つくるなんて、
馬鹿に決まっている。そう、おいらは馬鹿。
腕に傷をつけるのも、死にたくなって薬を大量に飲むのも、
だれかにかわいそうだと思ってほしいという、弱い心からきているのに違いない。
その弱い感情の真ん中にいるときは、たぶん『そうじゃない』というだろう。
自分がつらいから、自分を傷つけるんだと。痛みでつらさを中和したいと
思うのだろう。それは経験から知っている。
ただ、こうしてほんのちょっと弱さから離れて、その真ん中でなくなると、
なんて愚かなことをしたんだと後悔の念にとらわれる。
ちっともかっこよくないよ。ちっともかわいそうじゃない。
だれもそんな状態を見て、可哀相なんて思わない。ただのキチガイと
思われるだけ。
自分を傷つける人は、もうちょっと、時間を置いてみたらいい。
そしたら、そんな衝動、どっかへいってしまう。リスかって衝動だから。
ああ、今日もcinzanoが効いている。
ねます。
油と愛。
セフレから昨晩電話があった。
『会いたいよほ』
自分自身弱っているときは、情けないけど大好きになるセフレ。
べっとり、たかだかセフレなのに依存する自分がイヤだ。
気がつかない間に、『好き』ではなく、『愛している』になっている。
こうやって活字にすると薄っぺらだけど。
ドロドロの油みたいに、感情がへばりつく。自分でもイヤなんだ。
だけど、愛してる。好きとかいうレベルを逸脱している。
愛はいつも薄っぺらい。こびりつくような愛に飢えている。
オトコに真剣に愛されたことがないから、余計に飢えている。
愛って、ナニ?
愛ってさ、抱きしめられて、抱き返して、絡み付いて、
息が詰まるほどに抱きしめて、でも戻らなくてはならない場所がある
ということじゃない?
愛ってさ、家族愛とか兄弟愛とか親類愛とかじゃないやつ、
空っぽな愛ってやつ。あるでしょ。
おいらはそんな愛しかしらない。すくなくてもそれ以外の愛は
また違う言葉で表すべきだと思う。
・・・・ん?なんでこう愛にうるさいかって?
今日はCINZANOで酔っ払っているからです。うい~。
今年の独り忘年会。どんな忘年会より一番楽しい。
うい~!!
覆水盆に返らず。
本日ひー先生による診察日。
会社を午前中一杯で終わりにして、かかりつけの病院へ行く。
待つこと1時間。病院の規模からしたらまあ適当ではないかと。
『どうですか?』
普通です。何も変わったことありません。そういえばここ最近、
近くでの人の声や笑い声が自分のことだと思わなくなりました。
『お、いいねえ。いまの薬の量がちょうどいいんだね』
そうみたいですねえ。ここの所平和ですねえ。先生にお変わりは?
『わたしはねえ・・・・・ってわたしのことはどうでもいいんです!』
あはは。そうですねえ。わたしも何もないんですよ。
『じゃあ、この調子で来年お会いしましょう』
はい。
と、本日なんだかマンネリ。励まされることも、叱咤されることもなく、
とても平和に穏便にことが進む。いいことだ。
ココロの整理がつくまでここにも書かなかったけど、とある薬局で、
処方を拒否されたこと、薬剤師に怪訝な顔で見られたこと、
そんなことはどうでもよくなった。
なんだか先生に会うと、たいていの事象は相談したってどうにもならないこと、
どうでもいいことに思えてくる。そして後悔もない。不思議だ。
病院の外に出たら冷たい雨が降っていたけれどそれが身にこたえることもない。
ただただ、物事は淡々と過ぎていき、おいらは淡々と歩き続ける。
人生って、と大げさに言うこともないけれど、
たいていの物事は深く考えてもどうにもならないことばかりで、
深く考えるだけ、ずぶずぶと泥沼にはまるのではないだろうか。
そんなふうに世の中できていると思えて仕方がない。
覆水盆に返らず。とでもいおうか、出来上がったモノコトは嘆いても
仕方がないのだ。昔の人はいいコトを言う。
なんだか仙人になった気分の本日の診療なのである。