ソウルメイト と 魂を切る瞬間 | 光の記憶 魂の記憶 まさよのブログ

光の記憶 魂の記憶 まさよのブログ

不思議なこと、光のこと、愛のこと 神さま綴り 

以前にもソウルメイトの事を書いたように思うのですが

今回は結婚していて 他に好きな人がいる場合の事を

書かせて下さい。

目の前にある幸せは 平凡すぎて空気のように変わらずにあるので

それはつまらないものなのかも知れません。

そんな時、他で出会う相手はとても キラキラしていて話も面白く

そして何よりも一緒にいて 楽しくて安らげる相手に映るのかも

しれません。

そこでもしかしたら、許されない関係になった人も多くいるのかも

しれません。

そうなるとその相手こそが 自分の本当のパートナーソウルメイトだと

思い込んでしまうのかもしれません。

そして離婚を考えて 深い悩みに捉われてしまうのでしょう。


不倫には二通りあるように思います。

旦那さんに 奥さんに黙っていればわからないから お互い今を自由に

好きにする人と

旦那さんや奥さんに言えない 嘘をついている事が苦しくて

罪の重さに苦しむ人と二通りあるように思います。

不倫を応援する職業の人もいるそうなので、いろんな人が

いるのだなぁと知ります。

人それぞれの考え方があるのでしょうから その事で良いか悪いか

なんて言う権利は わたしにはありません。

ただね苦しんでいるのなら 早く気付いて欲しいと心から願います。

人には人生の中で、幾度か心焦がす相手が出てくるのかも

知れません。

それは芸能人だったり、海外のスターだったりもそうで 不倫をされる

方は、たまたまそれがお近くだったのでしょうね。


でもね、旦那が悪いから 妻がこうだからと理由がそこにある人や

お互いに都合の良い理由を付けて、罪悪感を感じない人はきっと

この先誰と一緒になったとしても どんな人に会ったとしても同じことを

繰り返すことでしょう。

お互い長く暮らしていたり 結婚していたら必ず自分の思い通りには

ならないと思います。

そういう意味で夫婦が一緒になる時点で 決してソウルメイトでは

ないとわたしは思うのです。

お互いの伴侶の愚痴を理由にした不倫は、わたしはそこに愛も

生まれないし、魂の成長も何もないように思うのです。

不倫も 離婚も 夫婦の問題だと当事者は言います。

でもね決して夫婦の問題ではなく 子どもを巻き込んだ家族の問題

なのだという事をどうか知って下さい。

自分の両親の名誉を傷つけるので こんな事をブログに書く事を

とても躊躇したのですが、父に外に女の人がいると知ったとき、

わたしは子どもだったので、とても深く傷つきました。

わたしの心は、ショックと悲しみで深い傷を負いました。

離婚する 離婚しない 

そういう会話が子どもの耳に届くとき 子どもの心は不安と緊張に

さらされてしまうのです。

わたしは、子どもの時の事を思い出すと

不倫して離婚するかどうかは、夫婦の問題ではなく子どもを含めた

家族の問題だと思うのです。

あなたにとって何が一番大切な事なのか、何を一番に守りたいのか

それを思うと安易な事は 出来ないと思うのです。


あなたが一番に守りたいのは何ですか?

あなたが一番大切なものは何ですか?

自分の人生が一番だという人も もちろんいらっしゃる事でしょう

心の思うままに生きたいと思う人もいるでしょう

一度の人生ですもの、それもまた良いでしょう。

でもね、あなたの喜びは あなたがしたいことは

誰かの犠牲の上に 誰かを悲しませて得ているかもしれない

という事を忘れたらいけないように思うのです。

自分の幸せの為に、自分が生きたいように生きる為に 

傷つけても仕方ないだろうとはね、思って欲しくないのです。

悪い事をしたなぁ、でもこういう生き方しか出来なくてごめんという

気持ちが心のどこかに欲しいなぁって思うのです。人としてね。

それは形のない愛の証だって思うのです。

傷つけたかもしれない家族への謝罪という愛の償いだなぁってね

思うんですよ。


もし目の間の幸せを失いたくないのならば、どうか早く気付いて

下さい。

ソウルメイトという言葉に翻弄されないで下さい。

確かにDVとか 虐待とか離婚した方がよい場合もあります。

離婚して安堵を幸せを手に入れた人も多いでしょう。


でもね、愚痴の馴れ合いの延長線上の不倫は その目の前に

ある楽しさ心地よさはずっと続くものではなくて、必ず魔法が

とけた瞬間 大事なものを失った事に気付くと思うのです。

その代償は とても大きなものだと思うのです。

失って気付くことも学びかも知れませんが、失う前にどうか

気付いて下さったらと心から願います。






金曜日 山形からKさんがいらして下さいました。

もう寝たきりで 意識もない叔母さんの事でいらして下さったのですが

Kさんの横に立った叔母さんの姿を視たとき、あーもうお亡くなりに

なっているなぁと思いました。

もしまだ生きておられたなら、体も痩せ細ってベッドで横に

なっている姿で視せて頂くことになるのですが、

Kさんの叔母さんは少し若返っていて、Kさんの横に凜として美しい

姿で立っていたので、既にお亡くなりになっていると知りました。

「女四人姉妹で」 そうおっしゃるので、「叔母さんは4人姉妹なの?」

って聞いたら 「女6人です」 とKさんが言うのです。

でも何度も「おなご四人で会いたい」と言うので それをお伝えしたら

6人の姉妹のうち すでに二人は亡くなっていて、今年の夏4人で

久しぶりに揃うことを楽しみにしていたそうでした。

自分のお葬式に 自分を含めて四姉妹が揃ったなら もう後は

満足だと伝えて来ました。

Kさんのお母さんでもある 「姉のこと頼むね」 そう伝えたら満足

だったのでしょうね。 

人は亡くなる間際 苦しそうにしているように見えるのですが

実際に身体に意識はないのです。

身体を抜けた状態でおりますので、いろんな場所に行っていて

自分がこれから還っていく場所を 下見に行っていたりします。

亡くなる時 身体と魂が急に切れる訳ではなくて、身体と魂の

つなぎ目は、徐々に次第に細く長くなっていきます。

それは病気でも 事故でも 自死でもある日急に切れるのではなく

その日に向けて徐々に次第に細くなっていくのです。

そして細くなった糸を最後に切る事が、最後のお役目なのです。

そしてお役目を終えた後 誰もが神さまに迎え入れられるのです。


糸が次第に細くなってくると 人は会いたいに人に会いにいって

還りの挨拶を お別れの挨拶をして回ります。

そして自分の体に一瞬だけ意識を戻して 最後の糸を自分で切る

のだと不思議な皆さんに教えられました。
(糸と表現していますが おもちがびよーんと伸びた状態に近くて
その一番細くなった状態を糸と表現しています)

そういう最後の時の 還りの挨拶周りの時も、やはり少しだけ

若くなっていて 凜として気高く視えるのです。

Kさんの叔母さんの時 最初姿だけでは亡くなったばかりか

亡くなる間際がわからなかったのですが 立ち姿というか

その気配やお話しの内容から、きっと既にお亡くなりになって

いると思いました。

翌日Kさんからメールで その日の午後1時に叔母さんが亡くなって

いたと教えて下さいました。

魂はとても気高く そして神々しいものなので、亡くなる間際

人はね、皆 凜とした神さまに視えるのです。

生きた神様がお戻りなる瞬間なのだと思います。

お疲れでしたね。 

どうぞご安心して神さまのお姿に戻られて下さいねって

そうお伝え致しました。





愛しているよ大好きだよまさよ」わたしの日常を書いたブログです。

大した事を書いていないせいか、面白いなぁって思うのは

「愛しているよ」のブログは毎日更新しているのに

月に一度しか更新しない 「光の記憶」 のアクセスを

超えた事は一度もなくてね、

更新していない「光の記憶」は、毎日たくさんの方が

いらして下さる。 つくづく有難いなぁって思います。

でも新しいブログは、みている人が少ない安心感があって 

ネジが緩んだ自分を出せるような気がします。 

わたしの息抜きブログです。









いちごの頭にサンキャチャーの虹が出ていて

髪飾りみたいです。

150524_0739~02.jpg

滅多にみることのない うりの寝顔 犬は沢山寝るのに

うりはあまり寝ないのです。寝顔にほっこりします。

150430_1344~01.jpg

みかんの曲芸のような寝姿 

150430_1334~01.jpg

三匹それぞれに。

150430_1333~03.jpg

 

空が青くて、風が心地よく今日も良い日でした

夜空がきれいで いつまでも眺めていたい夜です。

感謝でありがとうございました。
 

ごめんなさい長くなりました。