2018.11.24(2)
今日は天気が良いので、家内の付き合いで図書館やスーパーへ出かけた。
スーパー付属の洗濯屋?の前で暫く家内を待っていた。
昔を思い出した。
東京で独身の頃 洗濯や掃除を全くしなかった。
パンツやタオルまで洗濯に出していた。
洗濯代は新品以上かもしれなかった。
現代でも下着全部を選択に出す人はいないかも…。
食事は外食、当時の外食兼食堂。
掃除はアパートでも掃除のおばさんに頼む。
着るものは普段着以外何も持たない。
これでも生活はできたが、まるで旅行者並みで、物凄く不経済ではあった。
しばらくは旅行者スタイルの生活をしたが、神様は喜んで下さった。
そして天国の蔵を幻で視せてくれた。
この世の財宝がまるでゴミの様に積んであり、その断面が見えるのみであった。
そして声があった。
「もし必要なら、この一角を崩してあなたにあげよう」
もう王様の比ではない。
聖書の言葉を思い出した。
「子であるならば相続人でもある」(ローマ人への手紙8章17節)
―― 天国の蔵の所有者でもある。
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