日本のリバイバル | 海南島のヨハネの黙示録

海南島のヨハネの黙示録

キリスト教の元宣教師・海南島のヨハネさんの不思議な体験の数々

71年頃、日本のリバイバルについて祈っている時、幻を視た。

日本列島の全景が視えた。

地図をよく見るとギッシリと豆粒がつまっていた。特に大きいのも小さいのもなかった。

それ等はクリスチャンである事が即座に判った。

私は思った。

日本のクリスチャンの信仰はこんなものですか?

がっかりしていると、神様は言われた。

「尼崎の--教会の--が居るではないか」

もう一度、幻を視せられた。

それは教会の場所の上空からであった(私の感じではどうも西宮の様に思ったが…)。

人名は女の人であった。

教会名と人名は、次の朝迄覚えていたが、記録しておかなかったので忘れてしまった(そう記録してある)。

しばらくして、それらしい教会を訪ねて行って集会に出席したが、そこではない様であった。

幻を視てのち、尼崎、西宮方面に度々出掛けた(何とかして、その教会とその人を探し出したいと思い)。

87年、どうにかして探したいと思い、度々近くにあるビルの上から神様に祈った。

しかし神様からは何の返事もなかった(16年間、神様はその事で何の返事もして呉れなかった)。

ついに町中を全部歩いてみることにした。

私は思った。

このくらい熱心にすれば、神様も教えて下さるだろうと。

しかし歩くのは大変なので、車に自転車を積んで尼崎迄行き、全市内を巡る事にした。

二日目だと思うが、自転車で走りながら祈っていた時、神様は言われた。

「それを探し出して、あなたはどうするのか?」

それを聞いて、私は真に恥じ入った。

その事にタッチする事が私の職務でもないし、たとえその人が見つかっても、私がどうこう言う事は、私のする事でもない事を悟った。

そして私は大阪へ帰り、その後二度とこの事はしていない。


追記 00/D

87年以降、わざわざ探す事はしなかったが、多少は気になっていた。

00年10月、前記の文が載っている証し集を近くの教会に貸し出した処、教職の人が、

「これは西宮のこの教会ではないですか?」

と、一冊の本を貸して呉れた。

少し読んでみると、71年当時の教会の場所がどうも気になるので、確かめる為、その教会へ電話をしてみた。

「前の教会は高速道路の近くでしたか?」

違います、との返事であった。

しかし私は直ぐ、現場へ行ってみた。

道路を歩いて見える景色は、約30年前に見た幻と殆ど同じであった。

少し違うとすれば、住宅がもう少し古いくらいであった。

幻を視た時、高速道路と思ったが、実際は高架道路であった(両者共、見た目には何の違いもない)。

そこで私は幻の場所はここだと確認した。


― 幻の景色 ―

二階建ての屋根程の高さの道路が先で急に左に曲がり、その右側に住宅がごちゃごちゃとあった。

しかしその中には教会風の建物はなかった…。

只、尼崎の--は違っているが、それは必要なら神様が教えて下さるでしょう。

幻の景色がここ迄一致する場所は他に無いと思う。

私達は事ある毎に日本のリバイバルの為に祈っておるが、実に神様は30年以前から着々と用意をされていた様である。

決して忘れてはいなかった。

71年に視た幻を確認するのに、実に30年近く掛かった。

この根気の良さに私自身驚いている。

今現在、他を探すつもりは更々無い。

もう幻の景色を忘れても良い。