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解聞鏡

クローズドで行われている手技の練習会という名の道場の中で
出て来る特徴的な言葉を集めたブログになります。

ヨガとは自分の身体との対話である。

この対話の中で自分の身体の状態を確認する。

今の自分の身体の状態でどう動けるか。

これを確認する過程である。

Tの手技が二人ヨガだと言ったが、皆さんの手技でもこんな事が起きているのだろう。

皆さんの手技を受けていて喋る人もいれば、喋らない人もいる。

これはdoとbeの比重の違いと言えるのだろう。

ひょっとしたら手技を受けている間にこのお互いのdoとbeの交換が為されている。

そしてお互いのdoとbeが合わさってちょうど100になる。

こんな状態を絶えず造り上げる。

そんな中庸の状態を手技として表現できるようになったら?

それは真の自然と言えるのかもしれません。

 

 

手技とは矛盾の克服である。

人の成長はきっとこれなのだと思う。

何かしらの課題が出て来た時に逆のアプローチをする。

これが上手くなるコツなのかもしれません。

 

 

他の人と比べて自分の手技はどんな感じでしょうか。

この違いが見つかれば、この違いは何によって生まれているのでしょうか。

当然ながら身体の使い方でしょうが、

これは骨格による違い。

そして癖による違い。

考え方による違い。

その他、色んな違いが見えて来るのだと思います。

これを個性と言うのか分かりませんが、

ある種の考え方の癖は直さなければならないのかもしれません。

私のような考え方では手技という仕事はやってはいけません。

Fがいつも私によく言います。

『〇〇さんは考え方が確立されていて羨ましい。私にはそれが無い。』

私はこう答えます。

「それが無いから人の話をフラットに聞ける。これがメリット。」

こう書きましたが、Fにも考えがあります。

先日の手技の時にあるオファーを受けた話をしてくれましたが、

これに対してFは間違いなくNOと言うと思います。

このオファーはFの生き方とは反するからです。

ここである矛盾が生じます。

考え方が確立されていない人は生き方とは反しないはずです。

それが反すると私には思えた。

つまり考え方が確立されている人は生き方に反する事が出てくるわけです。

となると、考え方が確立されているようには相手からは見えない。

これが答えなのでしょう。

それを見透かせる人もいれば、見透かされていない人もいる。

ただそれだけなのでしょう。

さてこの考え方が確立されていないように見える。

これはきっと手技をされている方にとってはとても重要なスキルなのだと思います。

どうやって習得すれば良いのか分かりませんが、

やはり考え方をどう持つかに尽きるのだとは思います。

 

 

昨今の動きを見てみると、私の予測通りですね。

 

 

ブログで以前に書いたと思うが、Sのを受けた時に『上手いんだけどさぁ。。。』と思った。

Tのを受けた時に『流石だわ』と思った。

この差が日々の仕事で表現されていると思うと、ほんと大変な仕事だなと思います。