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解聞鏡

クローズドで行われている手技の練習会という名の道場の中で
出て来る特徴的な言葉を集めたブログになります。

あれから1年。

皆さんのこの1年の過ごし方をFから話を聞く。

無駄に過ごした人、濃密に過ごした人、立ち止まっている人。

人それぞれであろう。

誰と関わって生きていくかでどんな時間を過ごすかが決まっていく。

この1年を振り返って確認するのも良いのかもしれません。

 

 

自分以外の人とコミュニケーションをするには、言語化が重要である。

こう書くと、とても当たり前に聞こえる。

私の仕事は限定された世界でのお客さんの言語を理解してそれに対して答えるのである。

これには言語化のプロセスはとても重要であるから、

ある意味で言語をどれだけ増やせるかにかかっていると思う。

さて皆さんである。

皆さんはお客さんから何も知らない話題が出て来た時にどうしているだろうか。

これについては道場に来ていた方々にはレクチャーをしているので、これで大丈夫である。

お客さんに話をしてもらって、そのお客さんの話を聞いてあげる。

ただこれだけでもお客さんは皆さんを選んでくれる重要なファクターである。

言語化の前に聞く力。

これが皆さんの仕事には重要なものなのだと思う。

 

 

このブログで書かれている道場は無くなりました。

今は別の型で練習会はやられています。

料金がかかるようですが、この料金と内容が全く合っていない。

こんなところがFが商売が下手くそなところでしょう。

 

さて本題。

私がFとTの受けた感想は別の山の頂にいるである。

だからTがFのを受ける必要は無いのだと思う。

Fからは〇〇のを受けた話を聞く事がありますが、

これはダメなのを受けて自分の手技を確認できる。

こんな効力があるのかなと思います。

色んな人のを受ける。

これによって自分の良いところ、悪いところを把握して、改善していく。

これが山を一歩ずつ登っていくプロセスなのだと思います。

 

 

社会ではこの『こてんぱん』にやられる場は無くなってしまいました。

私たちの世代ではどこかで『こてんぱん』にやられる体験があり、

この体験によって自分を作り上げるか、世の中からドロップアウトするか。

そんな世代になっています。

人が成長するには、この『こてんぱん』をどこかで味わわなくてはならない。

そしてこの『こてんぱん』を何回味わうかによって人の成長は決まっていく。

どこかで恥を欠くという場を意図的に創っておく。

これが人の成長には不可欠だと思います。

 

 

この時点での練習会での最終日でした。

私は練習台になることもなく、ただ観察していました。

あれから1年。

この練習会は型を変え、参加している方々の状況を聞く事があります。

この型での練習会しか参加していない方々は、あれから上手くなっているのでしょうか。

どこかで定点観測出来ているのでしょうか。

朱に交われば赤くなる。

これに逆らって仕事をしていくのはかなり難しい事です。