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解聞鏡

クローズドで行われている手技の練習会という名の道場の中で
出て来る特徴的な言葉を集めたブログになります。

仕事に飽きる。

これがどのタイミングで起きるかによってその人の習熟度が決まる。

Oさんは25歳。私は40歳?。

これでどれだけやってきたかが分かってしまったわけである。

さて皆さんはこんな感覚になった事があるだろうか。

Tはきっと無い?

Fは確かそんなことを聞いたような気がする。

(同じ手技をやっていると飽きて来るんですよねとか言ってた。)

どこかでやり切ったと思う事が飽きるに繋がっているのでしょう。

手技の世界ではこのやり切ったという感覚が出てきている時には、

もっと上手くなる前の兆候と言って良いのだと思います。

ここで上手くなるのを諦めるか、もっともっとと思うのか。

これによってご自身の手技の定義が決まっていく。

そんな気がしています。

 

 

このブログを読んで、見事に性格を表わしている文章だなと思います。

この文にも表現されている通りですが、ここにこの方の課題が提示されています。

この型からどう離れられるか。

これが課題なのですが、こんな課題を解消するには間違いなく〇年かかるので、

今のところの優先順位は下げておきましょう。

 

 

このブログでは自分の枠組みの中では破壊が起きない事を書いています。

一方でこの破壊は長期的に見れば起こっている可能性があります。

何の本か忘れてしまいましたが、こんな一説があるのを思い出します。

人は自殺する生き物である。

直ぐに自殺するか、ゆっくり自殺するか。

そして自殺していないか。

このどれかに必ず当てはまると。

直ぐに自殺するについては横に置いておいて、

ゆっくり自殺するである。

これを象徴する言葉としては生活習慣病である。

例えば、高血圧の原因は・・・などである。

これはいわゆるゆっくり自殺している事の話である。

自分の生死は自分が握っている。

これは主に何を食べるかによって決まっているのだと思います。

 

 

1年経った今ではもうこの定義で良いでしょう。

代償の出る手技はそもそもが間違っている。

このそもそもが何かを探さなければならない。

身体の使い方。

考え方。

これらを確認しなければそもそもは出て来ない。

この課題と向き合う事でしか、次のステージの手技へは行けない。

 

 

このブログについては1年経っても思う事は同じです。

改めてこのブログで書かれている事は何かを感じていただければと思います。