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解聞鏡

クローズドで行われている手技の練習会という名の道場の中で
出て来る特徴的な言葉を集めたブログになります。

あれから1年。

何か自分の中でこれが出来ているという感覚は全くありません。

1年やそこらで出来るわけがない課題なので、対応中というのが答えでしょうね。

さて皆さんはどうでしょうか。

 

 

ある組織では手技のコンテストが開かれている。

今年もあるそうだが、道場に来られていた方は最終決戦には辿り着けなかったようである。

ある方がこのコンテストへ向けてのアプローチを教えてくれていたが、

そういえば、このブログで書かれている方も同じような事を言っていたが、

後者は最終決戦に進出し、前者は最終決戦に進出できなかった。

これが結果である。

 

 

このブログで書かれているよりレベルの低い事を書いてみようと思います。

〇〇レッチについて。

Fがある人の手技について〇〇レッチですと定義した。

この人の動向をFが見ていて「こんな事をやっている?」と言っていた。

私の知っている方々はこの症状が出ている人は全くいない。

しかし、あるエリアではどうやらこれは出ているようである。

これについてはブログではほぼノーカウントとして展開している。

何故なら、出ているようではかけ方自体が間違っているからである。

そして身体の使い方そのものが間違っているから。

これで〇〇レッチと書くのもおこがましいレベルと言って良い。

誰かこの人に「かけ方違うよ」と言えないのかな?

なんてこの人に言っても聞かないよな。。。

この人自身が言われたら傷付くのは確実だし、

『出来てる』と思っている人に『出来てませんよ』と言うにはなかなか勇気もいるし、

基本的には空気を読んで言わないですからね。

 

 

手技をかける。

これには身体をどう作っていくかが課題である。

何かを表現する時に身体で表現する。

この身体がどんなものになるかによってどんな手技しか出来ないかが定義される。

だからかけ方を聞いてくる時点で木を見て森を見ずの状態を自分が提示している事になる。

聞かれている方々は言語化が苦手な為、木の質問に対しては木の答えしかしない。

森をどう作っていくかについては当然ながら時間がかかるから、

これに取り組み続ける人にしか森はつかめない。

こんな事が起こるのである。