昼は会計、夜は「お会計!」

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会計をキーワードにコンサル業とASP(アプリケーション サービス プロバイダー)業のメールの二つの仕事をするmoriyanの言いたい放題ブログです。
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昨日のオリンピック選手団の帰国に伴って、空港での出迎え風景で、まず驚いたのが選手全員が「AIR WEAVE FUTON」と大きなバックに大書きされたマットレスバッグを全員カートの上に置いて、そこが前面に見えて、ぞろぞろ出てきた。(それにしてもエアウィーブは記憶にある以前のは円筒形のバッグだったが、今回のカートの上に全員並べるとすごい迫力で迫るものがあった)これは、出国時には見なかったのだ、メーカーが現地に輸送・提供したマットレスであろう。組織委員会がその見返りとして宣伝に協力する約束で、統一した積み方をしたものだなとすぐ分かった。あまりにもえげつないやり方ではなかろうか。

 競技組織別に資金力が違い、遠征費用などの負担で選手側がかなり苦労している状態も一部言われていた。スノーボードチームだったか「五輪でメダルを取ったら帰国便は、少しは違うと思った」が、エコノミーだったと嘆いていたが、競技組織が違えば帰国便クラスも、違っていたのだろうか。会見ではそこを聞くメディアはいなかったようだが。 

 それにしても開催費用が膨大になるだけでなく何故か放映権料が膨大すぎて、開催に名乗り出ることも少なくなり冬季は雪の問題で開催可能都市も減るという。その上でお金のことだ。今回の冬季、次回のロス五輪と合わせて475億円ということで、先に書いたようにジャパンとしてNHKから民放で各局各番組がみな同じ映像という異様な事態になっているなど、とかく五輪となればお金のことがつきまとう。ともあれ根本的にオリンピックの有り様から議論し直さなければならないのではなかろうか。

今週に入ってからだろうか、水不足のニュースで日野市の浅川が全く流れが無くなってる河川の状況として何回も紹介されてた。今も羽鳥慎一モーニングショーで浅川のロケ風景が流されている。 

 あそこは私が住んでいた日野市で、年末にも行った我が家の菩提寺があるお寺のそばなのです。

 ニュースで何かと出てくる高尾山などもかみさんはしょっちゅう行ってたので、高尾さんが出てくるとすぐ騒ぐ。今は雨不足のニュースでもっぱら浅川ばかりが出てくる。浅川が合流している多摩川はどうなんだろう。東京の人にとっても浅川よりも多摩川の方が普遍性があるはずだし、多摩川もきっと川底剥き出しのはずなんですが、ちゃうと半端に隅っこに流れがあるとかで、何もない浅川が取材対象になるのだろうか。 雨不足の影響での野菜の状態についても、なんと日野市側に隣接した立川市の畑作地域の農園が取材されてた。昭和公園のそばでもあるところだ。大都市のそばで立川市もそこそこの都市なのだが、まだ農園もある地域だ。広い意味で私らが生活していた地域だ。

 ニュースでは今夜から関東でも雨模様となり明日には一定の雨量となるが、雨不足の解消には至らずとの報道だ。気候変動も30数年ぶりとか、大変な時代になってきたものだ。

いろいろあって金曜の封切り日にサントムーンに行けた。もっともかみさんが久しぶりなら買い物に行きたいから連れていけとのことで、映画の後の整体はできない。

 それで昨年のカンヌ国際映画祭で本編上映後19分ものスタンディングオベーションが続いたという逸話とともにグランプリ受賞したと読んで知ってたし、脚本・監督が日本でも注目された「私は最悪。」のヨアキム・トリアーさんということで、期待して観に行った。ところが、なんでそうなったのかわからないがシネコンで、シアターNoを間違えて入ったらしく、席番号もおかしく、いきなり上映館を変更したのかと思ってた(この辺が年寄りの勝手)。予告編など過ぎて本番が始まってどう考えても違うと飛び出した。すると部屋番号を間違えてたことに気がついた。

 それで最初の数分だろうが観ていなかったこともあって、その上いつも感じる外国人の同世代の顔が次々と出てくると、どの人がどの人だったか、訳わからなくなるのだ。それで、少しだけこの映画の概略が分かってたが、ストーリーと、結びつけられず混乱がしばらく続いた。やっと途中から区分ができるようになって、しかも、(多分)デンマーク語と英語を登場人物たちが使い分けてなどしているのだが、字幕ではその辺がわからず、ただ日本語訳だけなのだが、実はデンマークの親子の物語で、家を出て行った父親に対して、オスロで俳優をしている長女と家庭を選び息子と夫と穏やかな日々を暮らす次女の姉妹の物語なので,言葉の問題は大事なのだ。監督などやってる父親が久しぶりに帰ってきて長女に自分の映画に出演しないかと誘うが長女はにべもなく断る。そんなことから始まり、その親子の過去の歴史などもわかりながら、長女に変わってハリウッドから米国人俳優を呼ぶが、その人も演じてるうちに、「できない」と役を降りると申し出される。そんな親子の中を妹が、仲を取り持ちながら姉といろいろ話していく。その中で、彼女たちの母親が家で自殺していたことや、その自宅が今回撮ろうとしている映画の舞台になっていることなどがわかり、あっと驚く結末を迎えることなるのだ。その辺がアメリカ映画でなくヨーロッパ映画の大人のラストという気がして、しみじみとした感覚がなんとも言えない。不器用な親娘の物語りだが、ラストはほっこりしてやはり映画っていいなと思う。

 できればもう少し言語のことも考慮した字幕が欲しかった。