椿姫の作者、アレクサンドル・デュマ・フィス。
彼が椿姫のモデル、マリー・デュプレシーと出会ったのは〝シュス〟という店の前でした。
(マリー・デュプレシーとアレクサンドル・デュマ)
青色のオープン馬車が店先にとまると、白い衣装を着けた美しい女が降りてきました。
すると店の中では驚嘆の声があがりました。
それは1844年のことで、女はまだ二十歳にはなっていないようなごく若い女でした。
天使のように美しい女にアレクサンドルは一目惚れしたのだった。
値段もきかないで買い上げる見事さはアレクサンドルだけではなく他の客も思わず見惚れるような鮮やかさである。
それがごく自然でかつ上品なのだ。
きめの細かい白い肌、夢見るようなきらきら光る黒い瞳、卵形の小さな顔、まるで絵筆で描いたかのような美しいまつげの線、筋が通った細い鼻、艶のある濃い髪の毛を真ん中で二つに分けて左右に垂らしており、聖母マリアのような優しい顔立ちをした絶世の美女だった。
そしてこの美女はクルティザンヌ(高級娼婦)だった。
しかもパリのクルティザンヌの中でも、一番美しく引く手数多、男たちの金を貪り食うように浪費する女だった
しかも既に彼女は肺結核におかされていた。
マリーとアレクサンドルは共に二十歳だった。
だがマリーとアレクサンドルが恋人になってもマリーは自分の生活を改めることは決してしなかった。
その頃のマリーは美しさの頂点で、贅沢三昧の暮らしをしていた。毛皮、衣装、宝石、手袋、帽子、香水にいたるまで一流品を身につけ、リヴォリ街の「メゾン・ドール」で作られるぶどうの氷菓子やメレンゲの菓子が大好きな女でもあった。
マリーにはいかに陽気に振舞っても決して度を外してけたたましく騒ぐことはなかった。なぜならどんなに浮かれた瞬間でも彼女は早死にの確かな予感につきまとわれていたからだ。
だから遊び狂ったあとはきまってふさぎ込んだりする。
それはマリーが多額の借金を抱えていたからかもしれない。
ひとりの男を手に入れようとすれば最新流行の高価な衣装を着なければならない。その衣装代を払うのはまた別の男なのだ。
それでもお金が足りないときは借りるしかない。
絶えず人目に自分の姿をさらしていなければ存在価値はない職業なのだ。
だから具合が悪くても舞踏会や観劇、宴会を催しブローニュの散歩に出かける
(今で言う海外セレブがゴシップで注目を集めるのと似ている)
しかしマリーの病状が良くなることはなく、日一日命が削られていく。。
陽気さと容色の元手が尽きた後には、破産と老い、すなわち〝高級娼婦の事実上の死〟が待っている。
せめて彼女は髪を醜く染めたぶよぶよ体の夜鷹に身を落とすのを免れ、また鉄仮面のやり手婆あとなって生涯を終えることがなくてすむのだ。
1847年にマリーは23歳で肺結核で死んだ。
完全無欠な真珠の玉のように小さなかわいい顔が柔らかい黒髪の中に浮き出て見える。
合わされた両手はオペラ座で手にしていたのと同じ椿の花束の上に置かれている。
花束の真ん中の赦しのキリスト像はこの世にまだ生きている人々に観劇の幕が降りたことを告げていた。
1815年から1868年までフランスは好景気だった。フランの価値が安定してちょっとしたバブル期だった
マリーの死後、アレクサンドルは『椿姫』を書いた。
アレクサンドルが愛したマリーはマルグリッド・ゴーチェとなって、愛に生き、自己犠牲を払い、ついには死を迎えてゆく理想の女として再生していった。
芝居『椿姫』の成功はアレクサンドルの地位を不動のものとした。
しかしアレクサンドルは語る。
『マリーははやく死にすぎ、そして自分は長生きし過ぎた』と。
マリーの死後、遺品が競売にかけられた。
売り上げの総額は当時の金額で8万フラン(約6千万円)。
マリーの完璧な美しさにあやかりたいと、衣装を一揃い買うような女もいた
アレクサンドルはX字形のネックレスを手に入れた。このネックレスは金の鎖で大小の真珠をつないだものでマリーはほとんどいつもその白い首にこれを飾っていた。
真珠はやがて艶を失ったが、しかしなお心にしみるこの思い出の品をアレクサンドルは娘のジャンヌ・ドートリヴに譲った。
娘ジャンヌは父の恋の遺品であるこのネックレスを一生愛用した。それをつけたまま埋葬されたとも言われている。
アレクサンドルは晩年40歳も年下のアンリエット・レニエと大恋愛して2番目の妻が死ぬとアレクサンドルは72歳でアンリエットと結婚した。
そして結婚から6ヶ月後の1895年11月27日にアレクサンドルは死んだ。
アレクサンドルはモンマルトルの墓地に埋葬された。そして不思議にも100メートル先にはマリーの墓があった。
オペラ版椿姫といえば結婚式などでもお馴染みの乾杯の歌
さぁシャンパンを注ごう
歓びの杯に
美しい人が花を添えると
はかなく虚ろな時も
歓喜に酔いしれる
酒を注ごう
愛が呼び起こす甘いときめきに…
心にあのひとの眼差しが
みなぎる力を投げかけるから…
酒を注ごう、愛の杯を酌み交わせば
より熱いくちづけを得るだろう
今宵の楽しいひとときを
皆さんと分かち合うことができるのですね
この世に悦楽がなければ
それは虚ろな砂漠
だからいま楽しみましょう
愛の歓びはつかの間のこと
咲いた花は必ず枯れ
終焉がまちかまえているだけ
だからこそ
瞬間(いま)を楽しみましょう
熱く甘いくちづけが
私達を招いているから…
杯と歌を楽しもう
夜が輝きを増し微笑みはじめるとき
この楽園に新たな一日がやってくる…
椿姫シリーズ