啐啄同時 啐啄の機 | かぐわし 東北

あらー目

 

ムズカシイ文字が登場でございますね

 

 

実はですね

ワタクシ

音だけを知っておりましたが

どんな漢字かよくわかりませんで

 

平仮名で

そのまま入力すれば

 

文明の利器がいいように判断して

きっと

 キッチリと出してくださるでしょ

 

 

 

思いましたのに

 

 

 

一発変換にならず

 

なんとなぁ~く

なんか違う…汗

文字が出てきまして

 

 

確認することに

しばし時間がかかりました

 

 

 

啐啄同時 啐啄の機

そったくどうじ    そったくのき

上差し

こちら

 

聞いた事ありますでしょ?

 

ひな鳥が内側から出ようとする こと(声)

 

母鳥が卵を外からつついて殻を割る こと(音)

 

ひな鳥が卵からかえるときに

同時に行われる

ことが

啐啄同時

の意味です

 

 

禅宗の碧巌録(へきがんろく)にある故事成語

 

これを受けて

啐啄の機

というフレーズが

あるそうです

 

 

 

はい

 

 

この故事成語を

 

さも

知っていたかのように

記しておりますが

 

 

 

 

まったく

 

 

 

 

 

 

わかっておりません!

 

 

 

 

雰囲気だけ

嗅いだことがあったかも…

ございます

 

 

 

卵の羽化をどこかで見たということが

あったかもしれませんが

親鳥がツンツンしているところなど

見た記憶が さっぱり?

でございます

 

 

 

見ていない 体験していないこと を

申し上げるのは

出来るだけ控えておりますので

このまま

お話しが終わりそうで

 

 

どうしたものか…

思っているところです

はぁ~汗

 

 

 

 

氣を取り直して

エッヘンできるところから右差し(お歳!ヨ)

 

記事にしてみます

 

 

歳だけは皆様より重ねて

おります

 

地球年齢

30から90を行ったり来たりのなごみさんは

 

今回は90に近い方を

 

洗濯いえ宣託いえ選択

 

しました

 

先の故事成語に関しましても

知識としては

 

読者さまと

同等か

それにも満たない状態

 

かと思います

 

 

 

それ

気付いてましたよニヤリ

 

漢字変換に

時間がかかった

というくだりで…

 

このひと

何も知らねえなグラサンニヤリ

おぉ~♡

これは これは

ラブ

 

 

 

やはり

 

この隠されているわたしのブログ

 

 

どうにかして

ご訪問されただけのことは

ありますわネ

 

 

見抜かれましたね

 

 

 

これで

 

ワタクシ

 

専門家の方に

メッ!プンプンされようとも

 

勝手な解釈を

 

みなさまに

堂々と

ご披露する

勇気が出てまいりました

 

これから申し上げる事の

その後の御解釈は

みなさまに

丸投げ~♡

ございます

 

 

 

 

こんなことを書きますと

 

 

なにかお伝えすることが

 

すでに

もうここに在る

 

思われましたか?

 

 

 

書きながら

書き手のワタクシの方も

 

ただいま

コンワク

ですのよ

 

 

 

おっ!!

 

 

出ました

カタカナ

 

コンコンする

変換してみました

 

 

 

いえ

こちらの方に変換してみようかしら

記事が

こんこん笑いと湧くチョキ

 

 

 

 

 

わたしのブログは

実況中継ブログです

 

 

*********

このことについて

 

どういうこと?

 

思われた方で

 

お暇な方は

 

過去記事のどこかに

ちょいちょい

説明されておりますので

探してみてね♡

*********

 

 

では

 

うーーんと昔のことから

お話しを始めます

 

 

染物の事業を営んでいたおうちに

一時的にお手伝いに行った方が

そちらの作業でつかう

 

大切な型枠

 

 

洗い作業?のときに

壊してしまったそうです

 

 

 

職人さんたちは

そのため

つぎの作業に入れなくなり

怒って?帰られたそうです

 

 

 

このお話を聞いた時

あぁ この方ならやりそうグー

 

と 即思いましたてへぺろ

 

 

この方

上差し

ワタクシの夫です(笑)

 

 

その場所は

学生時代に

お付き合いしていた彼女さんの

 

なんと

 

ご実家で

 

やっちまったようで

 

微妙な雰囲気になってしまった

らしいです笑い泣き

 

 

 

型枠の素材がどんなものなのかは

わからずじまいだったそうです

 

急場しのぎで修繕してなんとかできるものでは

なかったらしいです

 

 

 

 

これね

このトキ

それぞれの場で

 

それぞれの方の

想うことが

いろいろあったかと思います

 

 

 

このときに必要とされた

仕事の成果

という観点からみたら

 

無駄な時間

になった

 

であろうかと思います

 

ただ

 

その後

なにが起こっていたかは

 

残された

 

継続した空間にいた

その当事者しか

知ることはできません

 

 

そもそもの因となった

本人のいないところで

もっと

大事に発展していたかもしれないし

 

逆に

 

それこそが

なぜか

しあわせのもとになっていた

ということも

 

無いとは言えません

 

 

 

 

夫は

その後については

なにも

知らないようです

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしたちは

その瞬間のコトで

 

ものごとの是非をはかる

ということに慣れております

 

 

 

この社会も

それを求めているかのように

わたしたちは

思い込んでおりますから

そうなります

 

 

 

いちはやく成果を出す

ということで

恩恵を受けてきた

ということもありましたしね

 

 

 

すべてを

始まりからご存知のかたは

 

わたしたちが

途中経過で一喜一憂していることが

丸見えで

 

 

ほんとに

 

喜劇だわ

なごみさんの人生のように…

 

 

ぷぷっ爆  笑

かもしれません!

 

 

 

この世界は

ほんとうに完璧に運営されております

ちょっとばかし生きてきて

 

これはね確信しております

 

 

一時的な損得やなにかで

 

起こり事を

計るものでも 諮れるものでもない のかも

体感している方は

 

この世界には

たくさん

いらっしゃいます

 

 

これも

年の功で知りましたの♡

 

 

あんなことも

こんなことも

 なんやかんや思ったりしたけどね♡

しあわせなかたは

おっしゃったりします

 

 

 

 

先ほどの 染物型枠事件 のお話に戻りますね

 

 

夫は

そのときのことを

ワタクシに

当時

笑い話としてではなく

話してくれました

 

話をしてくれた

きっかけが何であったか とかは

忘れてしまいました

 

 

特別劇場チューのひとコマでもない

なにげないことでも

 

 

 

こうして

いまもわたしの記憶に残っていたということは

(記憶としていまあらわれてきたということは)

 

*注釈*

わたしにとってトキの流れは

現在の延長線上に過去と未来がある

という考え方ではありません

 

この瞬間の

過去と未来

 

という考えです

 

 

 

ここに知ることがあるから

 

ということです

 

 

 

わたしは

”必要なことは知ることとなる”

生きておりますからね

 

 

 

わたしがここまで生きてきて

感じていることですが

 

ヒトは

ご自分の目の前に

思っていたものとちがう状況が提示されたトキの

反応に

 

発想の癖みたいなものが

出やすくなるように感じています

 

 

 

年齢を経てきますと

この癖の出方が顕著となります

 

発想が行動になったものを

意識せず

繰り返してきましたから ね

 

なにを積み重ねてきたか

わかりやすくあらわれて見える

ようにも感じます

 

 

 

もちろん

見るものと見られるものは

見る者の意識に影響されるものでもありますね

なんらかの思い込みの枠のなかで

事を見ているわたしたちですから

 

まったく

同じものを見て

同じように感じる 判断するは

 

ない

かもしれない

 

とも考えてはおります

 

 

 

 

わたしにとって

今回の記憶のなかの起こり事

 

型枠を壊した

 

注目点でした

 

 

 

 

啐啄同時

 

形を

 

殻を

破ることの状況での

起こり事の説明です

 

 

入っていた枠を

壊すということに対しての

 

内側と外側からのエネルギーの方向性の姿を

あらわしています

 

 

 

内と外のエネルギーが影響して

枠を超える(た)

が起こる

 

なのかもしれません

 

 

 

 

 

染物という言葉から

ただいま

思い出したことがあります

 

 

 

これは

ワタクシの幼き頃の

イメージの世界のお話なので

ことばにするのがむずかしいのですが

 

すこしお伝えできるか

チャレンジしてみます

 

 

 

わたしの中に

ピンクの塊があったとして(色 塊 は仮定です)

 

 

あるとき

もっと大きなピンクの塊に接した時

その大きなものの中にあったものが

土手?膜?を超えて

こちらに

流れ出して入ってくる

それも互いに循環して

 

というイメージが起こったことがあります

 

 でね

そのおおきな塊は

減ったりしぼんだりしないいんですよ

 

 

 

端っこがね

わかりませんでしたから…

 

 

 

いまはね

 

そのおおきなものも

もっと大きなものの中にいる

状態だったのかもしれない

思っております

 

 

そちらの方も

もっとずっと大きなものと

どこか接しているところがあり

循環している状態だったのかもしれません

 

 

でね

この土手?膜?の色がね

 

 

双方とも

まったく同じお色に感じました

濃くも薄くもなく…

 

同化した

思った瞬間にこれが起こった

 

そんなイメージです

 

 

 

 

この状況がね

 

わたしが思う

 

啐啄同時

イメージに

なんとなくね

 

近く感じております

 

 

 

 

そしてね

 

幼心になんですけど

 

そこの部分は

同じもの?受け取るし 渡すんだな

なんて

思いました

 

 

他の色の塊のところは

(あるとしたらですが)

どうなのかは

わかりませんが

 

 

 

似たような感じがなんとなくします

 

 

啐啄

の漢字の意味を調べていた時

辞書によって表現が違っていたので

先に書いた内容は

わたしの個人的見解に基づいております

 

 

 

 

どちらにも

 

響きあう

旋律が大切

 

ということなのかしらん

思いました

 

 

 

わたしの奏でているものに応じたものが

もたらされる

開かれる

なのかもしれません

 

 

 

禅で

弟子が悟りを開くことができる段階に達したその瞬間に

師匠がさとりのきっかけをあたえること

啐啄の機

というそうですが

 

 

主は そのご本人が

どのようであるか

 

です

 

 

 その反映がこれに続く

 

 なのだと思いました

 

 

 

なにごとも

分相応 器相応

提示されます

 

 

 

    ほら!そこの右差し そなた!

       そなたじゃ!!

 

吾が身のことを

 

大きくも 小さくも

定義することなく

 

生きてまいれ!!

 

圧の強い笑い

 

空耳が

急に

聞こえてきたような…

 

 

 

 

懇懇と諭され

 

ありがたくて

ほら

涙がタラー

 

こんこんるようです

 

困惑ぅ~

 

拍手

 

ふぅー。

 

やっとこさ

記事ができました

 

めでたし めでたし

 

お祝い

 


夕景の鳥海山 (ちょうかいざん ちょうかいさん)

ー秋田県 山形県ー

 

かぐわし♡

 

 

 

とり うみ やま

 

鳥 産み ヤマ

今回の記事と前回の記事と

連想ゲームのように

むりやりくっつけて表現してみました~♡

 

 

 

このお写真の雲

おもしろい形ですね

愉しゅうございます音譜

 

 

合格

 

 

 

 

 

みなさまとの

この出会いに

感激ラブラブしております

 

 

 

ご訪問

まことに

ありがとうございました