大石奈々「流出する日本人」 | 世界文学登攀行

世界文学登攀行

世界文学の最高峰を登攀したいという気概でこんなブログのタイトルにしましたが、最近、本当の壁ものぼるようになりました。

流出する日本人
――海外移住の光と影

おわりににあるとおり「本書は、日本人の海外移住の背景と現実について、海外における動きも踏まえながら論じようとした試みである。海外移住の歴史から始まり、日本人移住者が持つ『自己実現』『生きやすさの模索』『リスク回避』『豊かさの追求』という四つの志向性、また海外に住むことで生じる課題を分析し、『誰もが住み続けたい日本』への方途を検討した」(P203)一冊である。

今回、読み終わって、1枚も付箋を貼ってないことに気づいた。
これは、書き留めておくべきことがなかったというよりも、うんうんとうなずきながら読み終わってしまったからだ。

日本人にとって、世界は海の向こうにある印象があるし、僕にとっても、世界は遠い。
しかし、若者をはじめとして、世界にチャレンジする日本人は数多くいるわけだし、豊富なヒアリングを元にした海外移住の現実は、ドキュメントでもあり、そういうこともあるだろうねえと、納得することが多かった。
日本で起きている問題は、当然世界でも起こっている。日本と世界を全く別のものととらえる発想自体が狭小であると痛感した。

世界の現実ということで、なるほどと思ったことを箇条書きにして書いてみる。
・各国は外国人の受け入れを行っている。その理由は主に労働力の確保のようである。ただし、国によって、外国人の受け入れについては、文化や世論などの温度感があるため、外国人に対する社会保障の厚さ、永住権取得のハードル、また外国人に対する政策の変更の有無など様々な環境にある。通常は自国民を優先する政策を行うため、外国人の受け入れを盛んに行っている国では、自国民が従事しないような危険で低賃金の労働に従事させられることもあるようだ。中には悪い業者にだまされて、法的な保護からも外れているような境遇の日本人もいるとのこと。
・富裕層は多くの消費や投資をもたらすため、富裕層を誘致するために税率など低くする国が増えている。ある国では、富裕層から税収を増やすために相続税などを増税した結果、富裕層が国外に流出し、当初見込んでいた税金が確保できなくなったケースもある。
・研究者やIT分野などの専門的な高度人材の確保に各国が力を入れている。中国などは早い時期から海外移住者の関与や帰還を推進する政策をとっており、現在でも海外で博士号を取得した優秀な若手研究者に対して高額な給与や研究費を約束して帰国を促している。
・少子高齢化に伴う年金問題等、財政破綻の懸念、自然災害リスク、など日本に対して悲観的な論調も多いが、日本ほど高い医療サービスを安価に受けられる国はないし、海外で生活する外国人は社会保障の網から漏れてしまうケースがある。また、日本で懸念されていることは、海外でも当然懸念すべき事項であり、リスクの所在は日本とは異なるかもしれないが、国によってさまざまなリスクを抱えている。夢の国なんて当然ない。

様々な人々が海外に出て、成功し、あるいは失敗した。
著者は、本書のまとめの部分で次のように言う
「海外移住者たちが帰国することは、人材循環でもあり、個人にも社会にも多くのプラス面がある。(中略)自ら望んで帰国した場合も、夢破れて帰国した場合も、海外での生活によって『人生が豊かになった』『自分が成長できた』といった様々なメリットを指摘していた」(P179)
そういえば、僕も高校くらいまでは、若いうちに海外で生活して、豊かな価値観を育てて日本に帰ってきたいという漠然とした思いはあった。それは、子供が描く夢物語であり、到底実現する見込みのない淡くて弱い願いだったけれど。

僕自身の話をすると、数年前に、東京から地方都市に移住して生きづらさを感じていた。
驚くべき技術革新の結果、世界は狭くなった。
日本にこだわらなくてもいい時代になったというのに、僕自身は地方のサイズに合わせて小さく小さく生きようとしていたことの窮屈さが、生きづらさにつながっていたのだろうと思う。
日本にいたって、自分は一人の世界市民として生きていくべきではないか、と、本書のどこにもそんなことは書いていないけれど、少なくとも実感として世界を身近に感じることのできた読書であったことは間違いない。
長い間、海の向こうの遠さにあって、自分の視界に入っていなかった、世界のリアルを提示してくれた本書は、読み応えのある名著であると思う。