「はじめに」で「本書が想定する『魔法の杖』は、一言で言えば、『分析的手続』となるが、『何を』『どのように』分析するかが『重要な鍵』であり、それにより分析の精度や成果には格段の差が生じる」(「はじめに」Pⅱ)とある通り、本書は、監査手続の一つ、分析的手続を使ってどのように不正(ここでいう不正は、横領などの従業員不正や、財務諸表の意図的な改ざんである粉飾を指す)を見つけ出していくかということがテーマである。
おそらく過去にあった事例を元にしたエピソードが20個掲載されている。
これらは1個のエピソードが、ちゃんと1つのストーリーになっている。登場人物も複数いて、複雑な事象も取り扱っているのだが、300ページ弱の紙幅で20個というのはとても手数が多い。本書はとても手際よく書かれている。
この仕事をしている人であれば、だれしも不正の手口としては知っていることだが、ストーリー仕立てで不正の現場が描かれることで、リアリティがあるし、知識としての理解から、実感としての納得へとつながっていくようでとてもよかった。
昨今の様々な技術の伸長により、書類の偽造、改ざんなんかもとても巧妙に行われてしまうようになった。
監査の基本は現物との突合であるが、書類の偽造等によりそのような突き合わせが無効になるようなケースでも、データ間の不整合や違和感(をあぶりだすのが本書のテーマである分析的手続なわけだが)から不正を暴いてしまうのは、読み物としても一種痛快であった。
機会があればもう一度読み返して理解を深めたいと思える一冊であった。
あとは自分の備忘録として書き抜きをして終わりにしたい。
知識として押さえておきたいこと。
「『会計不正』は数多く実行されているが、その手口と言えば、実は、10程度に類型化することができる」(P3)
一つ不正が見つかったら網羅性の検証が必要となる。
「①不正実行者が他の取引でも不正を実行していないか(人アプローチ)
②他の者により、同様の手口で不正が実行されていないか(手口アプローチ)
③実行者による不正を看過してしまった内部統制を擁する当該事業拠点で他の不正が実行されていないか(拠点アプローチ)」(P224ー225)
また、著者は実務家らしく、現場での様々な知見を織り込んで本書は作成されている。
一つのエピソード内のドラマのセリフであるが、使ってみたいなと思う文章や、気をつけようと思う文章も記録する。
「私達、監査に携わる者にとっての『事故』とは、不適切な会計処理が行われ、これを見逃してしまうことでしょう」(P67)
「まさか、売上取引ではなく、消耗品費のような、比較的少額の勘定科目で疑惑の取引が発生するなんて……」(P139)
「監査は、『疑うな、確かめろ』という姿勢で臨んでおります」(P168)