大崎直太「生き物の『居場所』はどう決まるか」 | 世界文学登攀行

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世界文学の最高峰を登攀したいという気概でこんなブログのタイトルにしましたが、最近、本当の壁ものぼるようになりました。

生き物の「居場所」はどう決まるか
――攻める、逃げる、生き残るためのすごい知恵

読了後の感想であるが、めちゃくちゃ面白かった。

本書は一貫して生き物の「居場所」を意味する、ニッチについて書かれたものであるが、特に第6章で描かれる、著者が繁殖干渉について研究し、その論文がアメリカの生態学誌「アメリカン・ナチュラリスト」に掲載されるまでの話は、研究内容においても、また、学術界という普段接しない世界の物語としても、とても興味深く読むことができた。

話はダーウィンの「種の起源」にさかのぼる。
ダーウィンは、同じ食糧、資源、空間などを求めて競争し続けた結果起こるのが「自然淘汰」である、と説いた。
ところが、1960年に3人の生態学者によって、植物を利用している植食者、つまり草食動物と植食性昆虫は、天敵により密度が低く抑えられており、高密度で起こる種内競争や種間競争などは起こらないとする「緑の世界仮説」と呼ばれる内容の論文が発表された。
ここで著者は、異なる種類のチョウが利用する植物がきれいにすみわけられていることをきっかけに研究を行った。

あるチョウが別の種類のチョウに繁殖干渉を行った結果すみわけられたのであり、低密度でも、競争は起こっているのである、ということが研究の結論である。
ここでいう「繁殖干渉」とは「オスが他種のメスに干渉することで不利益を及ぼす現象で、干渉されたメスは子供ができないか、不妊の子供を産む」(P275)ことを指す。
「現存する生物群集の多くの種は、過去に近縁種との間でニッチ(居場所)を巡る繁殖干渉という競争があり、競争排除の勝利者となった種か、あるいは敗者になっても新たなニッチを見いだした種か、希少種として生きながらえている種なのだろう」(P262)「生物の多様性を語るとき、希少種と普通種の存在理由、帰化種の隆盛、在来種の衰退、在来種による帰化種の侵入阻止、などなどの現象がとりあげられる。そのメカニズムを探るときに、繁殖干渉という視座は重要である。特に今まで見過ごされ、人々の意識になかった求愛行動の段階で起こる繁殖干渉という視点を持つことで、新たな地平が切り拓かれていくだろう」(P278)と結ばれる。

ニッチを巡る基本的な知識の整理から、その研究史などの豊富な情報を得て、最新の知見にたどり着ける、素晴らしい良書だった。

ということで、本書の本筋に関する感想はこれで終わり。
ここからは生物を巡る様々な面白い話を、覚えておきたいという理由だけで箇条書きにしていく。

「植物性昆虫が植物を利用するためには3つのハードルを超す必要がある」(P121)「噛みつく昆虫から虫こぶを作る昆虫が出現するには計算上は2億年、吸汁する昆虫から虫こぶを作る昆虫が出現するまでは計算上では1億8000万年かかるわけである」(P123-124)ちなみに「虫こぶを作る昆虫」とは「虫癭(ちゅうえい)という『虫こぶ』を作る様式で、植物の葉や茎や根に出来物のような膨らんだ虫の巣を作り、内部で幼虫がぬくぬくと植物液を吸い取」(P122)る方法である。

「植物は限られたエネルギーを、生長、繁殖、防衛、の3分野に振り分けている。このエネルギーを常に3分野に等分に振り分けているわけではなく、芽生えたときや葉を展開するときには、防衛は手薄になり、エネルギーは生長に集中される(中略)春に人間が、ワラビ、ゼンマイ、タラの芽などを楽しめるのも、それらの植物がエネルギーを防衛に使わずに生長に注ぎ込んでいるため、苦くなく柔らかく食用に適しているからだ。そのような植物の初期生長が終わると、エネルギーは防衛に振り分けられ、昆虫も人間もなかなか植物を利用できなくなる」(P135-136)

「ミツバチの天敵はオオスズメバチとキイロスズメバチというスズメバチである。スズメバチ類は集団でミツバチの巣を襲う前、情報収集のための偵察役を派遣する。この両種のスズメバチの偵察役が日本ミツバチの巣に近づくと、スズメバチのフェロモンを感じ取った日本ミツバチは戦闘態勢に入り、偵察役を巣内におびき寄せて400~500匹という数で襲い掛かり包み込み、胸の筋肉を震わせて体温を上げ、スズメバチを蒸し殺してしまう」(P188)
日本ミツバチはこのような防衛手段があるが、西洋ミツバチにはこのような防衛手段がないため、西洋ミツバチは、日本では養蜂家の保護がない限り絶滅してしまうそうだ。

 

「天敵が寄主の防御反応を突破できるのは、長い時間を共有して展開する進化的軍拡競争の結果だという。モンシロもヤマトも、アオムシコマユバチと共進化するだけの持続的共存ができる豊富な餌資源だったのだろう。一方のスジグロは持続的には共存できない希少な餌資源だった。では、なぜスジグロが希少な資源であったのだろうか。それは繁殖干渉という競争の存在が明らかになるまで分からなかった」(P260)

さて。こういう生き物の世界の話を安易に人間社会に当てはめるのはとても短絡的なことと承知しているが、以下の文章を読んで自分の身に当てはめて、思うところがあったものを書いて終わりにする。
「環境が複雑であれば、それだけニッチの数が増えて、共存が可能となる」(P89)
僕にとって、都会の方が生きやすいと感じているのは、人が大勢いて複雑な社会の方が、いろんなニッチがあって、自分の居場所を確保できるからなんだろうなあと思った。