キリスト教美術史
――東方正教会とカトリックの二大潮流
タイトル通り、キリスト教美術史である。
個人的にはキリスト教美術と聞くと、ルネサンス美術が思い浮かぶが、本書の射程はもちろんもっと広い。
キリスト教美術の誕生から語り起こされ、ローマ帝国での発展、東西分裂後は、東はビザンティン美術へ、西はヨーロッパでの発展(ロマネスク美術(11~12世紀)、ゴシック美術(13~14世紀)、ルネサンス美術(15~16世紀)、バロック美術(16~17世紀))が語られていく。
本書は美術の歴史を語る本であるから、本文中に豊富な美術作品が挿入され、字数はあまり多くない。
それなのに、思っていたより読むのに時間がかかってしまった。
というのも、キリスト教美術というのは、元々、教義を伝えたり、聖書の文言を知性によって理解するために作成されたものである。
そのため、絵画にしろ、彫刻にしろ、見る人が相当程度キリスト教に造詣が深い人たちを前提にして作成されている。
美術作品内に何の断りがなくても、見る人にとっては、これが何の場面であるかとか、何をモチーフにしているのかなどの理解ができ、だからそこに込められた主題も読み取ることができるのだろう。
ところが、僕はキリスト教徒でもないし、知識もほとんどないのだから、まず絵を見ても、それが何を表現しているのか全然わからない。もちろん、そのための説明の文章であるから、文章を読んでから美術作品を見れば、その作品の見方は理解できるのだが、逆に絵から直感として受け取るはずのものが、文章の理解にとどまってしまい、それ以上の感想がなかなか抱けなかった。
ともあれ、美術作品というのは、一つの作品を作ったり表現したりするだけでも膨大な時間とエネルギーが必要である。
だから、作品に込められた主題というのは、その時代に生きている作者、作品の発注者、鑑賞する人、にとって一番大切なものが選ばれるわけで、時代ごとに、そこに生きる人々がキリスト教に求めていた願望であるとか、キリスト教が人々に与えてきたものが、作品を通してダイレクトに見えてくるようであった。
キリスト教は、元をたどれば、当然その淵源には聖書があり、時代によって変化するわけではないけれど、信仰というものは、その時代に生きる人々の願いによって形作られ、変化していくものなのかもしれないなと思った。
図像が教義をいかに体現するかという部分に重きを置いたため、様々な制約に縛られていたキリスト教美術が、時代が下り、作品が画家の個性の表現として花開いたルネサンス美術、人びとの五感に訴えるバロック美術に進むと、予備知識のない僕にも、美術作品に圧倒され、様々に感じるものがあって興味深かった。
「バロック以降の西ヨーロッパでは、キリスト教を離れた主題が、美術様式の新しい流れを作りだすようになります。たとえば、理想的な美を表現する風景画、王族や市民たちの姿を描く肖像画、写実を追求する静物画、人々の生活に即した世俗画などです。こうした新たな主題は、キリスト教こそが美術の主役であったここまでの時代とは異なる、大きな流れを生み出しました」(P182)と本書は結ばれるが、キリスト教が育んできた美術が、キリスト教を卒業して新たな美術を生み出して今に至ることに、感慨深い気持ちになった。
宗教は、文化を生み出す土壌であるというけれど、その具体的な姿を見る思いだった。
面白かった。