吉川洋「人口と日本経済」 | 世界文学登攀行

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世界文学の最高峰を登攀したいという気概でこんなブログのタイトルにしましたが、最近、本当の壁ものぼるようになりました。


「人口と日本経済」


日本における将来の人口減少はゆゆしき問題であるとさかんに世間で喧伝されている。
新しく生まれる人間が減り、寿命が伸びればその分社会の老人比率が高くなる、というのは自明の話しであるし、その頃の日本はどうなってしまうのだろうか、という不安は、僕も感じていた。


「2012年1月に公表された国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口によると、日本の人口は2110年に42,860,000人になる」(P1)という一文からこの本はスタートする。およそ100年で人口が3分の1になるなど、にわかには信じられないが、研究所が自分たちの威信をかけて公表した数字である。それなりに根拠があるのだろう。


目次をのぞいてみる。
「経済学は人口をいかに考えてきたか」「人口減少と日本経済」「長寿という果実」「人間にとって経済とは何か」


著者は、マクロ経済学の大家であるケインズの「現実の経済は絶え間なく変化するものであり、現実から遊離した経済理論がまったく不毛であることを思えば、経済学が進歩し有用であり続けるために、新しい経済学を構築しようとする者にとって書くべきものは、大部な学術書ではなく、むしろパンフレットなのだ」(P21)という言葉を引用している。
人口の減少、来たる21世紀の超高齢社会の必然的な到来に向けて、経済学はどのような道筋を提示しうるのだろうか、ということを示した本書は、「大部な学術書」ではなく、非常に優秀な「パンフレット」なのだと思った。


さて、人口に関する議論、経済との関係など、非常に説得力のある有用な議論がなされている。
細かくは本書に譲るが、普段、いかにネットなどで、浮薄な言論に踊らされているのかということを痛感した。
人類の叡智の結晶である学問は、象牙の塔の中に閉じ込めておいてはいけない、民衆に開放するべきものだ、と、思っているのだけど、民衆の側で求めることがなければ、叡智は眠り続けるものであると知った。


著者がすべて正しいことを言っているのかどうかは僕にはわからない。
今後、注視すべきこと、考慮しておきたいことということで2点だけ書き抜いて終わりにする。


1つ目。経済成長を追い求め続ける姿勢はもはや不要なのではないかという議論に対して。
1900年の日本の平均寿命が43歳であったのに対して、2015年のそれは83.7歳である。
戦後、寿命が順調に延びた理由を著者は三つあげている。
①経済成長により1人当たりの平均所得が上昇したこと②医学等の進歩③国民皆保険の成立
どれが一番貢献しているかということではなく、順不同だそうである。
つまり、日本の平均寿命が世界一と言われるまでに伸びたのは、経済成長なしには語れないのだということ。


2つ目。著者は過去の経済学の手法やデータを元に分析を進める。
そして、経済成長と人口はほとんど関係しない。イノベーションを通じた労働生産性(1人あたりの所得)の成長により、経済成長率はプラスに転じていく。と、著者は結論する。
来たる超高齢社会の姿は誰にも正確にはわからないが、社会のすべてが変わると言ってよいような大きな変化が起きることは間違いない。それは数え切れない大小のイノベーションを通して実現されることであろう。そのイノベーションを実現できるか否かが、今後の経済成長の鍵になるのだ、と訴えている。


自分を過信して、耳から入ってくる情報だけで社会を分析するという安易な姿勢を反省し、成熟した議論、検討を踏まえた「プロ」の意見と格闘しながら、世の中を明らかに見ていく智慧を持ちたいと、心の底から思った。

 

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