クルミドのロゴ

クルミドコーヒーのブログ、立ち上げました。

http://ameblo.jp/kurumed/


もろもろありましたけれど

10月上旬のオープンに向けて、ラストスパート中。


内装だったり、メニューだったり、小道具だったり

なんだか大変なことになっています!

(もちろん、いい意味で (^~^))


メインメニューは、12時間抽出の特製水出しコーヒーと

外はサクサク、中はしっとりのクルミドマフィン。


途中、札幌を訪ねたり、長野を訪ねたり

これまでの経緯も

一部、さかのぼったりしながら

記していこうと思います。


ひとつのお店ができあがるまでを追った

リアルタイムドキュメンタリーとなるよう。


どうかお見逃しなく!


100年後、こう言われているかもしれない。


「1990~2010年って、アンティークの「谷」なんです。
 その頃に製造された家具って、ほとんど残ってないんですよ。」


新しくお店をつくるとき
そこから逃げられないひとつの言葉。
「償却期間」。


たとえば飲食店だと、3年から5年。
その期間内に初期投資分、取り返すことを考える。


当然、大した金額をかけられない。


結果、突き板になる。
ガラスのようなプラスチックになる。
レンガのような壁紙になる。


本物のような にせものになる。


にせものでは、時間が敵になる。
本物だったら、味方になるのに。


いま、この世に存在するアンティーク家具は
かつて誰かが、手を抜かない仕事をした結果だ。


そして見落としてはならないのは
その価値に対して、お金を出した誰かがいたという事実だ。


いまはお金が、5年での償却を求めてしまう。


本来、余裕を持って
こうした文化や技術を支えられるはずの
「お金持ち」のお金までが
ファンドを通じて、文化や歴史を「消費」する方向に使われる。


どんどん薄っぺらくなる。


本物のために、未来のために、お金を使いたい。




起業が、粗製濫造され過ぎていやしないか。


誰かも言っていた。

世の中で最もなりやすい職業が社長だ、と。


自分らしさ、自分らしい生き方、もちろん大切だ。

ひとりひとりが主人公。その通りだと思う。


でも、「仕事」なんだよね。


品質水準が低過ぎやしないか。



例えば自分、大学時代、競技ダンス部というところに所属していた。

(1年間だけだけど)

その大学は、競技ダンスに関しては日本一。

毎年、全日本選手権では第一の優勝候補にあがるところだった。


入部して3ヶ月

ただひたすら、まっすぐ立つことと、まっすぐ歩くことをやらされた。

ペアで組んで踊る、曲に合わせて踊る、表現する

そういった練習はほとんどない。


基本は、立つことと、歩くこと。あとは筋トレ。

あ、あと、競技ダンスだから、ポイズ、ホールド。

(ポイズは「姿勢」。ホールドは、パートナーと組むときの上半身の「型」のことね)


でも、それがとても意味があった。


ダイナミックな動き、ダイナミックな表現も

身体の幹、姿勢の芯があってのこと。

だからこそ美しい。


そして、基本が分かるからこそ

その先の「違い」も分かる。

水準の高い低いが分かり

そこまでの距離もはかれる。



こうしたことって、どんな仕事にもあることだと思う。


マッキンゼーでの3年間もそうだった。



それは、企画書でも、なんらかの空間でも、コンテンツでもいい。

組織のあり方でも、一枚の絵でも、なにかのルールでもいい。


まずは、他の誰にも見えない

目指すべき高い水準が見えること。


「まあ、こんなもんでしょ」とは思わないこと。


そして、そこに到達するための距離を見極め

近づいていくための、覚悟と技術。


こうしたことのいずれもが、修行なしでは身につかない。



世の中ちょっと、起業が粗製濫造され過ぎていやしないか。


もちろん、中にはあまり意味のない修行もあったりするから

そこの見極めは大事だけど

もう少し、下積み、修行、若いうちの苦労

見直されてもよくないか。