『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』長谷正人 あらためてドラマを見返したくなる! | 「絶望名人カフカ」頭木ブログ

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文学紹介者です(文学を論じるのではなく、ただご紹介していきたいと思っています)。
本、映画、音楽、落語、昔話などについて書いていきます。

少しずつ楽しみに読んでいた、
『敗者たちの想像力 脚本家 山田太一』長谷正人(岩波書店)
をついに読み終えてしまいました。
もっと読んでいたかったのですが。


敗者たちの想像力――脚本家 山田太一/岩波書店

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私は山田太一さんの大ファンなので、
山田太一さんの本が出るというのは、
それだけでも嬉しい。

さらにこの本は、
「誰もが『負ける』ことや『失敗する』ことを極度に恐れているように見える」
「むしろ率直に、こんな時流にはついていけないと困惑し、立ち止まってみたほうがいいのではないか」
「『負ける』ということの意味について考えてみたい」
「『敗者』を『敗者』であるがままに肯定するとはどんなことなのかを描き出していきたいと思う」
という趣旨なのですから、
嬉しくなってしまいます。

じつは、読む前には、
「敗者」というキーワードで山田太一作品を切るのは、
どうなのかなという危惧もありました。
(自分も「絶望」というキーワードでカフカを描いておいて、なんなのですが)

というのも、
たしかに、山田太一さんのテレビドラマには、
弱い人間、敗者がたくさん描かれていますが、
それは、
日常の中の、なかなか人の耳に届かない声を拾い上げようとしているからで、
それが結果的に、敗者を描くということになっているのでないか、
と思ったからです。

また、山田太一作品では、
敗者が出てくれば、必ず勝者も出てきます。
そして敗者の言い分を聞いて、
観るほうは「なるほど。その通りだ」と思うのですが、
今度は勝者の言い分を聞くと、これも「なるほど、それもそうだ」と思わされるのです。
ひとつのメッセージに集約されないところが、
山田太一作品の魅力です。

また、批評の切れ味が鋭いと、
たしかに切り口をあざやかだけれども、
肝心の作品は、解剖台の上で無残な死体となっている
なんてことも少なくありません。

でも、こうした心配は、まったく無用でした。
この本の中では、
山田太一さんの作品がじつに生き生きとしています。
これはなかなかないことで、
とても素晴らしいことだと思います。
著者といっしょに作品を観ている気持ちになれ、
著者の指摘によって、
自分が気づいていなかった部分に気づかされ、
なるほどなーと、より作品の味わいが増します。

「……山田太一の代表的作品を読み解くことを通して、
 彼がふつうのドラマのように『敗者』から『勝者』へと人々が勝ち上がっていく過程を描くのではなく、
『敗者』が『敗者』であるがままに救済され肯定される可能性を探求した、
 独特の作家であることか明らかにされる」
という著者の主張も、慧眼だと思います。

たしかに、普通のドラマでは、
たとえば主人公が最初は敗者として登場するとしても、
最後には勝者になります。
プロレスで、最初は追い詰められて負けそうになっても、
それは最後の勝利をより盛り上げるためであるように。
(ハリウッド映画ではこれが激しいです。
 たとえば最近の『キック・アス』も、
 なかなか面白かったのに、
 最後は主人公が急に成長して立派な若者になってしまって、
 ガッカリしました)

敗者は勝者になけれければ、けっきょくダメなのか?
敗者が勝者になるのではなく、
敗者が敗者のままで、
それでも肯定されるドラマ。
たしかに、そういうドラマは、素晴らしいなーと思います。

ともかくも、
この本を読み終えて、
またあらためて、
この本を片手に、
山田太一さんのドラマを見返してみたくなっています。

そういう本が出たことは、とても喜ばしいです。
まだ山田太一作品をまったく観たことのない人にもオススメです。
妙な先入観を与えられることもありません。

「このドラマはじつはこういうことを表していて……」とか、
「このドラマは、こういうことがわかっていないと、本当の面白さはわからない……」とか、
そういう人とドラマを観ると、本当にだいなしですが、
「ここがいいよね。あそこがいいよね」と、
見逃してしまいそうな、いいポイントに気づかせてくれる人といっしょに観るのは、
とても楽しいものです。
この本はそういう本ではないかと思います。