ゼンマイヤマトの系譜 その1 | 波動砲口形状研究

ゼンマイヤマトの系譜 その1

以前野村トーイのヤマトをいじって以来、過去のヤマトのキットを振り返る活動に目覚めているのだが、その流れでゼンマイヤマトの系譜についてちょっと書いておきたいと思う。

 

宇宙戦艦ヤマトの造形の歴史をたどるとき、まず松本零士によって作られた内部構造図のラフが、

手直しを経て、

加藤直之によって仕上られたこの絵の、

内部構造図部分を覆って彩色された

 

この絵。これを無視することはできない。

この絵は企画書の表紙やパイロットフィルムのタイトル、また放送決定後の一般への番組宣伝の素材としても使われた。

 

すなわち、世に出た「最初のヤマト」の姿ということになる。

 

(図版はいずれも「宇宙戦艦ヤマト大クロニクル」より)

 

しかしながらこの「最初のヤマト」はすぐに他のメジャーなヤマトのイメージの登場によって、早々に姿を消してしまう。

 

 

実際この「最初のヤマト」の絵を印象深く覚えているという人はどれほどいるだろうか。

 

正直私は全く記憶になく、ヤマトの造形を追っかけて資料を集め始めた結果目にするようになったというのが正直なところだ。

 

しかしながら、実はこの最初ヤマトは私が忘れていたというか、意識さえしなかったものの、なじみのある要素をたくさん持っていた。

 

それが本タイトルのゼンマイヤマトなのだか、一旦ここで項を分けたい。