補聴器がなくなった。
椿のSさんの補聴器が見当たらないと報告を受ける。
グループホームの中ではときどき不可解な出来事が起きる。
なくなるはずのないものがなくなったり、探しても探してもなかったのにご本人がひょっこりもっていたり、奇々怪々な出来事は日常茶飯事である。
たとえば開設して間もないころ、テレビのリモコンが急に姿を消したことがあった。
さっきまであったのに・・・・・急になくなってしまったのである。
そんなときKさんが疑われる。
いつも活動的にホーム内を歩き、目につく様々なものを片づけている。
それがKさんの仕事なのだろう。
そのリモコンがなくなる前、いつものようにKさんはテレビ前のテーブルあたりで片づけをしていたのを確認している。
だからきっとKさんがどこかへ上手に片づけてくれたのだと思ったが、その「どこか」が私たちにはわからない。
数日後そのリモコンは座布団の中から現れた。
こんなふうに無事に発見されることもあるが、ものによってはまったく姿が見えず迷宮入りすることもある。
それが「補聴器」となるとちょっとビビってしまう。
そんなに安いものではないからだ。
それにホームの備品ならどうにかなるが、個人のものであれば簡単に「なくなりました」では済まない管理責任がある。
またグループホームでは今までの環境をそのまま継続できるように、ご本人の馴染みの物や使いやすいものを持ち込むことを推奨しているのだからどんなものでも「なくしました」では済まないのではないかと思う。
補聴器も今まで使いなれているし、またそれがないと会話がスムーズにいかないわけだからなくなるとそれは困る。
普段から補聴器には気を向けているのだが、そのときはいつから、どこからなくなったかさっぱり検討がつかないのだという。
普段の現状をまず把握する。
・補聴器は右の耳に入れている。
・理由ははっきりしないが自分で外してしまうことがある。
・はずした補聴器を衣服のポケットに入れることがある。
・ちり紙に包むこともある。
・ごくまれにちり紙に包みテーブルの上に置くこともある。
・補聴器がないと会話がスムーズに行かない。
・Sさんは自分でしゃんしゃんと1人で歩けない。手繋ぎ歩行が必要。
・ホーム内の移動はいつもスタッフが付き添う。
・居室に補聴器入れがあり夜間はそこに保管している。
・補聴器の装着はスタッフが介助。
・装着していないときはスタッフが持ってきて入れている。
・ご本人は補聴器を外したことを忘れてしまう。
周囲の環境としては
・なんでもきれいに片づけてしまう人がいる(Kさん)。
・Kさんはどこでもスタスタと歩き動作が素早い。
・補聴器はとても小さいのでどこかに紛れ込んだら探しにくい。
・補聴器をしていないことがあったら確認して装着するか、自分で外したのならすぐにケースにしまうようにしているが徹底されていない。
このようなご本人の現状と周囲の環境を把握していったい何が起きたのか考えながら大捜索となった。
検証しておきたいことは
・いつからないのか?
・いつ気づいたのか?
・誰が最期に携わったのか?
・Sさんはどこにいたのか?
・Kさんはどこにいたのか?
・その日の服のポケットにはなにか入っていなかったか?
これらのことを思い出せる範囲で聞き取り調査をしてもらった。
その結果
①朝起床時にスタッフが補聴器を装着するのを忘れる。
②日中のスタッフが入っていないことに気付き補聴器を装着する。午後2時ごろ。
③そのときテレビの前へお連れしてリクライニングイスに座っていただいた。
④その後の時間に別のスタッフが補聴器をしていないことに気づくがどこにあるか確認せず。
⑤同じスタッフが就寝の介助にて訪室しケースに補聴器がないことに気づく。
この時点で補聴器が見当たらないことを発見した。
⑥就寝介助時、衣服のポケットにはちり紙等は何も入っていなかったということを確認。
ということがわかった。
事実と予測をごちゃ混ぜにせず一つずつ整理した。
その日は朝からもう一度ホーム内を大捜索していた。
Sさんの居室のタンスの中の衣服のポケットを確認・・・・・
Kさんの居室のタンスの中の衣服を確認・・・・・
最期に補聴器を触ったスタッフも、その日はいなかったリーダーも、ないことに気づいたスタッフも冷や汗を流しながら大捜索をしていた。
わたしも一緒に探そうかとSさんの部屋へ行ってみた。
そのときそこで探しているスタッフと話しながら、咄嗟にSさんになってみようと思った。
「補聴器は右の耳に入れているの?じゃあ外すとしたら右手で外すね。そのときはテレビの前にいたのね?」
それを確認してSさんが座っていたというリクライニングイスへ腰掛ける。
イスの腰の折り目の部分に挟まっていないか手で探ってみるがない。
右手で外して・・・・・
上体を右に傾けイスの右横を見る。
リクライニングイスには両サイドにポケットがぶら下がっているからだ。
もしかしたらその中にあるのかもしれないと思ったから。
しかしそのポケットは両サイドとも外されていた。
そうしてさらにもっと右に傾いてイスの置かれている床周囲を確認してみる。
そうしたらリクライニングイスの足(木の板状のもの)の一番後ろ側に丁寧に置かれた補聴器を発見した!!
「これじゃないの?!!」
歓喜の声とともにみんなで大喜び。
無事にあってよかった。
補聴器は木の色に同化され上手に収まっていた。
落ちたのではなく、きちんとそこへ置いたのだということがよくわかる収まり方だった。
大事なことはSさんになってみる、ということなのかな。
Sさんだったらどういう動きをするだろう。
日々の関わりの中でもその人になってみること。
バリデーションでもあるように、寄り添うだけでなく、その人の体験を体験する。
そんなことが習慣化されればもっとその人の世界が理解できるかもしれないね。
わたしは現場にいないのでSさんの補聴器の状態が把握できていない。
だから今回は根掘り葉掘りそのとき誰がどうしたかを検証することになった。
しかしこれは誰の責任かを追及するものではなく、Sさんと補聴器の関係を知りたかったからなんだ。
でもこれで補聴器がなくなる可能性が明らかになったこと、決してなくしてはいけないこと、気づいて行動することの大切さがわかったね。
どこをどうすれば防げるかの要素が沢山わかったよね。
そうしてKさん疑ってごめんなさいね。
4日ぶりにSさんの耳に収まった補聴器は今後もう二度となくなることはないだろう。