氷の彫刻。



グループホーム「花縁」物語


花縁ときわ館・花縁すずらん館の間の駐車場スペースに作りました。


社長が考えた「雪祭り」企画のシュミレーション。




グループホーム「花縁」物語


ちなみにこのうさぎは子供たちが乗れるようになっている。


ライトアップされとてもきれいだ。


バケツを使って作る、氷のキャンドルなら子供たちでも簡単に作れるので、みんなで一緒に作って飾ることも考えている。


楽しそうに作っている子供たちを、ばば様たちはうれしそうに眺めると思う。


どんな企画になるかわからないが、こんな素敵なイベントは楽しみだなぁ・・・・・。

『認知症の人の歴史を学びませんか』

宮崎和加子著


グループホーム「花縁」物語-本


いま、この本を読んでいる。


歴史から学ぶことができる。

それがもしかしたら何より現実的で感受性を磨けるのかもしれないと感じた。

みなさんも是非読んでみて!


この本を読んで、昔のことを思い出した。

老人病院にいたころのことだ。

今から15年くらい前のことかな?


先輩たちに、絶対にほどけず、ご本人も傷つけない紐での抑制の仕方を教わった。

紐(抑制帯)の場合、ただ単純に縛ると縛ったところが、うっ血するなど傷になってしまうから、安全な抑制のための縛り方である。


それでも患者さんはそれを上手にするすると抜いて自由を手にしていたっけ。


急性期の病棟と長期療養型の病棟があった。

急性期で治療をしてある程度安定したら、療養型に移るという形を取っていた。


あるおばあちゃんが脳梗塞で入院してきた。

急性期病棟で一命をとりとめたが、脳の障害で後遺症が残り、食事摂取が困難になり鼻から管を入れることになった。

その状態で長期療養病棟へ移ってきた。


長期療養型勤務だったわたしは、彼女にはじめて会うことになる。

彼女は非常に痩せている印象だった。

言語障害があり、麻痺はないが立位はもちろん歩行することもできない。

言葉が話せないだけではなく知的な障害もあって、会話が成立しないし、意思の伝達もできない。


こんな状態のため寝たきりでオムツを使用していた。

そして鼻の管を抜いてしまうらしく、安全?のために手を縛られていた。


彼女と目が合った。

挨拶をすると、微笑みながら笑い返してくれた。

見ると、めだった麻痺もなく、手足の動きは失調はあるものの元気そうだ。

目が合うし、うなずくし、なにより私を認識して笑うことができる。


この人座れないの?

そう思い、その日からすぐに車椅子での座位をはじめた。

不思議なもので、ベッドで寝ている顔とイスに座った顔は違う人のように見える。

イスに座った瞬間、表情が豊かになる。

素敵な顔だ。


もうひとつの不思議は、イスに座ると鼻の管を抜かなくなる。

もちろん、ときどき気づいて抜いてしまうこともあったが、抜いてしまう確立はかなり減少する。


そして、口からの食事を開始。

嚥下障害もあるため、思うように量は増えなかったが、少量でも口からの摂取を続けていった。

口からの摂取量が思うように増えないため、鼻の管は抜けなかった。


もし抜いてしまったら入れる。

夕食後に抜いてしまったら朝まで管を入れずにいて、朝食を口から食べて、十分な量が食べられなかったら管を入れて注入する。

食事のたびに車椅子に移り、「起きて食事を食べる」意識に心がけた。


これだけではない、排尿にも挑戦した。

排泄もずべてオムツだった。しかし排尿間隔が非常に遠い。

尿意を伝えることが困難だったために、失禁したオムツをはずしベッド上で裸になっていたり、はずしてから排尿してしまったりしていたために、なんとかトイレで排尿できないかと考え、定期的にトイレに座るようにした。

出るときもあれば、出ないときもある、失禁しているときもあった。

しかし、「おしっこはトイレでするもの」を意識して心がけた。

結果、上手くいけば汚さずにすごせる時間が増えていった。


そんな方法を続けていった。


ただこれは手間がかかる。

あのころのスタッフたちはよく協力してくれた。

ほとんど私の価値観でプランニングしていたように思うが、誰一人反対するものもなく、応じてくれた。

(わたしのことが怖かった?心の底では迷惑がっていたかも・・・)


でも彼女の「生活の質」は確実にあがっていった。

そして「手を縛る」ことをしなくても、いや、しないほうがメリットがある。

それが何より私にとっての収穫だった。


「縛る」ことしか考えないのは、怠慢だと思う。

縛る前にできることはないのか?

縛って済むのは、人間への施しだろうか?

縛らないことにこだわっていた私の想いだ。



この本を読んで、このときの彼女の顔を思い出した。

座って微笑んだとき、「これはいける」と確信したのを今でも覚えている。


口から食べる量は全然増えなかった。

でも根気良く継続した。

もういいかげん管だけでいいんじゃないの!なんて言いそうになる。

でも続けたっけなぁ・・・・・。一口でも口から食べる日がある限り・・・・・。


彼女の可能性を見ていたからだろう。

可能性は必ずある。

あきらめないでその可能性を見つけたい。


そんな生き方をしたい。

自分自身にも。




うちには『つよし』という犬がいる。


もう今年で16歳になる。(もうなったのかもしれない・・・・・)


そのつよしくんの左の顔が腫れた。

鼻先から目の下まで、ぼっこり腫れている。

痛いのか触らせてくれない。

かわいい顔が変形してしまった。

郵便局員さんが配達している間中ワンワン吠えるのに一度「おわん」と吠えただけ。

明らかに元気がない。


近所の病院に連れて行った。


つよしくんは抱きかかえられ、診察台に乗せられて、首をしっかり固定され先生に診てもらった。

足をガタガタ震わせて痛がって怖がっていた。


「たぶん虫歯で歯の奥の根っこのところが炎症を起こしているんでしょう。若い子だと抜いたりして治療もしますが、16歳なので無理はできないです。炎症を抑える抗生物質を注射して、薬を飲んで様子を見ましょう。薬を飲んでも腫れが引かず、もっと腫れたり食欲がなかったりしたらすぐに連れてきてください。16歳なので急激に体力が低下することはありますから。」


受付で薬を渡され、途方に暮れた。

普通の私たちが飲むような錠剤だし・・・・・。

いったいどうやって飲ませるの・・・・・?。


そんな私の表情に先生は

「いままでこのように薬など飲んだことないのですよね。口の奥に入れてください。または鶏肉を茹でてその塊の中に押し込んで食べさせるとよいです。とにかくなんでもいいですからこの錠剤が体の中に入ることです。


はぁ・・・・・。


とにかくなんとかして飲ませないと。

口なんか触らせてくれない。

それでなくても今は痛いので。


おとといからあげていたドライフードはあまり減っていない。

きっと口が(歯が)痛くて食べられないのだろう。


缶詰の餌を購入して食べさせることにした。

つよしくんは普段からこの缶詰の餌が大好きだ。


ためしに缶詰の餌の中に錠剤を入れてみた。

何の抵抗もなくペロリと食べてしまった。


そういえばつよしは何でも好物のものは、喜びすぎて丸のみ状態で食べてたっけ。

私たちの心配をよそに二缶ペロリと食べてしまった。



毎日それを繰り返して3日目の今日になり、だいぶ腫れは引いてきた。

何より元気が戻ってきた。


よかった。


つよしだっていつまでも生きているとはおもわないけど、もし死んだらどうなるだろうと、想像してうるうるしてしまった。


もう高齢なのだから急にいたわらないといけないと思い始めた。


でもよかった。


先生ありがとう。


こころにあるものはなんだろう。


なんだろう。


なんだろう。



それがわかっても、わからなくてもいい。


こころがあるから。


それでいい。



きっとあたたかいこころがある。


それでいい。


だから別の選択をしよう。


それがいいといえるように。


ときどき


自分をほめるときがある。


久しぶりに


この1週間は自分をほめてやりたいと思った。


うまくいかない時間もあったけど


それも次につながるようだし


失敗もいいもんだ。


よく頑張ったね。



ばかみたいだけど


そんな自分が大好きだ。


ありがとう。


まったくの久しぶりの更新になってしまった。


いま、ぼやぼやしていたら2月になってしまう・・・・・と思い書きだした次第だ。


グループホームが地域密着型と言われ、小規模多機能型居宅介護がその仲間入りをし、いま私たち事業所は、地域に向かって何が出来るか真剣に考えている。


スタッフ一人一人に投げかけ、自分たちは地域の中で、グループホームとして、小規模多機能として、地域に向かってできることを考えてもらった。


スタッフたちはわからないなりに一生懸命考えてくれた。


まず回覧板をよく読もう!

町内のゴミ拾いをしよう!

小学校や中学校や幼稚園に雑巾を縫って届けよう!

一人暮らしのお年寄りを花縁に招待しよう!

芸能クラブを作っていろんなところに披露しに行こう!


こんなに考えてくれたんだ。


早速活動は始まった。


町内会の一人暮らし見守り支援の対象のお年寄りを招待することにした。

民生委員さんを通して声をかけていただき、約3名の方が来てくださった。

民生委員さんには大変好評で続けてやってほしいと要望が上がった。


1月の行事としてお招きし、そこで芸能クラブの芸も披露した。


だから、「一人暮らしのお年寄りを招待したい」という案と「芸能クラブを作っていろんなところに披露しに行こう」の二つの案が、その日そこでコラボレーションしたことになる。


スタッフみんなから持ち寄ったアイデアが、こんなにも早く形になっていく。

なんて素敵なことだろう。


できるかなぁ?

と、考えてばかりいるよりも、とにかくやってみよう。

わたしはその考えが好きだ。


だめだったらすぐに変えればいい。

変えることなんて簡単だもの。

変えるというより、進化して変容していくと思えばいいから。


想像が創造になり形として残る。


すごい力だ。


みんなありがとう。


これからも一緒に考えようね。



あけまして音譜


おめでとうございますビックリマーク


今年もよろしくお願いいたしますクラッカー



また新しい一年の幕開け。


今年もまた一歩踏み出して、また新しいことへの挑戦。


なりたい自分目指して!!


今年の最後の最後にうれしい知らせが届いた。


あの壊れたばば様(ばば様壊れる) が帰ってくる!!


先生から連絡があり、元の状態ではないが退院してもよい状態だという。


どんどん起こしていいし、動かしてもいいと先生のお言葉をいただいた。


入院しているばば様を見ていてわたしはこう思っていた。


『花縁に帰ってきたら、大好きなきみちゃんもいるし、元気なかわいいおねえちゃんもいるし、おじょうちゃんもいるし、仲間がいっぱいいる。そんな中で一緒にご飯を食べられたらどんなに元気になるだろう!!きっと入院しているよりはるかにいいリハビリになる』


この想いを先生に伝えた。


そしたら先生も『ぼくもそう思います』と言ってくれたんだ。


だから連れて帰ってくる。


くちぐせの『ヨカチン!!』もかすれ声だったけど、きっと大きな声になる。


鼻の穴を大きく開けて一緒に笑い転げよう!!


待ってるからね!ばば様!!


今年の最後の最後にこんなハッピーなお知らせと共に年末のご挨拶になります。


みなさま今年一年大変お世話になりました。


また来年もどうぞよろしくお願い致します。


良いお年をお迎え下さい。


では、また!!


ばば様が壊れた。


ばば様が壊れてしまった。


いったい何が起きたのか全くわからないが、とにかく壊れてしまった。


たぶん抗生物質の副作用かもしれないと思う。


主治医も私たちもそう思っている。


しかしその抗生物質のおかげで熱は下がった。


しかしその壊れようはハンパなかった。



結局救急車で搬送し入院になってしまった。


その詳細を書くのは避けるが、その過程でまたなんとも不愉快な思いをしたので聞いてほしい。


様子がおかしいから主治医に連絡したらすぐに来て診てくれた。


その結果救急搬送しようという指示が出たので119をした。


当日当番である病院の担当医に救急隊から電話する。


たまたま主治医がまだいたのでDrtoDrで話をしてもらう。


ほどなくして私が主治医に呼ばれた。


電話を変われという。


電話を変わると、向こうの担当医はなんだかパニクッている。


わたしは聞かれたことにゆっくり答えるが、いちいち反論するように感じた。


そして興奮したようにこう言った。


「そこの施設に入っていて、容態が急変した時などは延命処置をするかどうかの話し合いを家族とちゃんとできているのですか?!!」


と言うのだ。


なぜ今その情報が必要なのでしょう?


非常に答えづらい質問だ。


なんとか答えてそれ以上聞かれることはなかったので、その答えで納得したのだとは思ったが、非常に困惑した瞬間だった。


どうやらDrtoDrで話をしたときもめたらしい。


おたがいのDrが興奮していて話が全くかみ合わなかったみたいだ。


そんなことは知らない。


そんなことはどうでもいい。


とにかく今ここで何かが起きて容態が悪くなっているばば様がいるのだ。


そのばば様になにが起こっているか、ここではわからないから診てくれないかと言っているだけだ。


それが救急搬送の指定病院の役割だろうが。


延命処置がどうのこうのいう場合ではない。


延命処置を行わない状態なのであれば救急車など呼ばない。


そんなこと救急車要請の電話で聞くことだろうか!!!



だからこのときのこのDrの心理状態は、救急搬送されることが問題なのではなくて、Drともめたことが不快だったのだろう。


要するに私はとばっちりを受けたということだ。


そうなのだということにしておく。


それが一番納得できる理由だから。


そうでなければ理不尽だ。


ちなみに搬送先では、あのとき興奮していたDrと思われる人が私とご家族に説明してくれた。


非常に落ち着いていて怒っている様子はない。


もう興奮は治まったのか、別人なのか?


だからわたしもなかったことにしようと思えた。


怒ってしまうのは損だなぁ・・・・・・・



みなさんは『認知症フレンドシップクラブ』というものをご存知ですか?


認知症フレンドシップクラブとは

  • 認知症を患う方々および介護者等の方々が、地域の中で安心した生活を営むことができるよう、彼らの暮らしを様々なかたちで応援する独立した非営利団体(組織)です。
  • その活動と理念、目的とに賛同するクラブメンバーからなり、クラブメンバーからの年会費および個人、企業などの諸団体からの寄付金によってその活動を行っています。

ホームページはこちら→→→認知症フレンドシップクラブ


簡単にご説明しますと・・・・・2つの活動がありまして。


1:認知症フレンドシップサポーター

認知症フレンドシップサポーター(DFサポーター)は、認知症の方の介護や特別なサービスをするのではなく、趣味やスポーツなどを、友人として、一緒に楽しむボランティアです。DFサポーターになるには、特別な資格や経験は必要ありませんが、事務局が開催する認知症についての基礎知識やボランティアをする上での心構えなどに関する講座を受講する必要があります。

事務局は、利用を希望する方から要望があると、その内容にあったDFサポーターを派遣し、スポーツや趣味活動を一緒に楽しみます。若い頃から泳ぐのが好きだった男性が、DFサポーターのおかげで、再びプールに通うようになった。風呂場までついていけないので、温泉にはもう行けないと思っていたご夫婦が、DFサポーターのおかげで日帰り温泉に行った。特別な資格や経験がなくても、友人として、実現できることはたくさんあります。


2:認知症フレンドシップスポット

街でお茶を飲んだり、買い物を楽しんだりすることは、生活にとってとても大事なことですが、認知症の方やご家族にとって、とても難しくなることがあります。お店になにか迷惑をかけてしまうのではないか、周りの人から奇異な目で見られてしまうのではないか・・・
私たちの想像以上にお店などへ行くことはハードルの高いものになっています。


認知症フレンドシップクラブでは、認知症の人と家族が気軽に外出できるように、お店や駅、公共施設などで、「認知症の方もぜひご利用ください!」というところに手をあげてもらい、フレンドシップスポットとして認定しています。ホームページで検索できる他、お店には認定ステッカーが貼ってあります。何か特別なケアやサービスを提供しているわけではありませんが、認知症について正しく理解し、ご本人・ご家族を温かく見守ろうと努力している地域の応援団です。町にこうしたところが増えていけば、今日はどこに行こうかな?と、自然と外出すること、人に会うことが楽しみになっていくはずです。



札幌から始まった取り組みです。

現在全国で4箇所の事務局が存在しています。


是非苫小牧でも利用できるようにしたいと思います。


私はすでに2008年に入会しました。

サポーターになるためには必要な講座を受けます。


その講座を苫小牧でやりたいと考えています。

気持ちのあるかたは是非参加してみてくださいね。


認知症になっても安心して楽しい社会つくりになるでしょう!!