日本という国は保険料さえ払えば、いつでもどこでも医療を受けられる国だったよね。

「国だった」と過去形になってしまっていることを皆さんはご存知ですか?


介護保険が始まってこの不都合が始まったのか?!



「夏に体調を崩して入院したが、病院から「入院期間は3ヶ月ですので・・・・・退院後のことを考えてください」といわれ、いくところがなくて困っているんです。」

こんな相談をあるケアマネさんから受けた。


90歳のおばあちゃんは食欲がない。

一日数口の食事しか召し上がらないため、一日1000mlの点滴をしている。

人工肛門をお持ちなので、そのパウチ交換を定期的に行っている。

認知症の症状があるため病院からは付き添いについてくださいといわれ、ご家族は日中、夜間を問わず付き添っている。


上記の状態だが、病院ではどこも悪いところはないので退院してよいのだという。

長期療養の可能な療養型医療施設に相談してみたが、「病気がないのであれば入院はできない」という。


昼夜付き添っているご家族は体調を崩し病院に通い始めた。

この現状に『SOS』が起きている。







ケアマネさんが「この状態ではどこの施設も引き受けてくれない。かたっぱしから電話をしているのですが・・・・・」

だから・・・というわけではないが引き受けることにした。

グループホームは開いていないが小規模多機能に空きがあるため小規模多機能のショートステイ(ロング)利用をすることにした。


しかし引き受けるのにはいくつかの条件がある。

医療行為をどうするか。

点滴は食事が食べられないのであればしないといけない。

パウチの交換は必ず行わなければいけない。便のもれがあったら臨時でも行わなければいけない。

上記の医療行為はうちのヘルパー(看護師である私も含め)ではいっさいできない。


訪問看護の利用が不可欠。

しかし介護保険の限度額では上記の処置を行う分の点数はない。

小規模多機能の料金を差し引いた残りの限度額内点数は3000点ほど。

この点数では多くても週に1回の訪問のみ。


医療保険の訪問看護は介護保険優先の為利用できない。

特別指示書の2週間のみであとの2週間(1か月分)は自費になる。


お引き受けする前に前任ケアマネと訪問看護事業所と当事業所とご家族で会議を開き、花縁の体制でできることできないことを話し、そのために発生する自費負担金も含めた1か月の金額を計算してみた。

総額40万円。


結局どうしてこうなるのかというと。

医療保険の訪問看護は2週間しか受けられない。

残りの2週間は利用すれば一日10000円以上はかかる。

2週間だと多く見積もって20万円にはなるだろうと予想。

そのほかの分は花縁利用分、病院への医療費、医療保険の訪問看護費となるのである。


自費となるのはすべて訪問看護による手技料ということだ。

点滴をする、パウチを交換する手技に対する医療保険料ということになる。


しかしどうだろう?

点滴が必要だという指示は医者が出している。

その薬液は(点滴のボトルや中に入れる薬)指示を出した病院から処方される。

その薬液分の医療保険料に自費は発生しない。

おかしくないですか?


医者が必要と判断した点滴に関する薬液には保険が適応するが、それを患者に施行するときの手技料には保険は使えないということになる。

具合が悪くて、寝たきりになり、食事がとれなくて体力もなく、もう看取りの段階に入っているひとへ点滴をするのに、もし必要ならばどうしても病院に連れていかなければならない、ということなわけだ。


これは花縁のような事業所であっても、自宅であっても同じです。


ただ、ここで特例がある。

『癌』の病名がついていれば、全日医療保険の訪問看護が可能になる。

ようするに老衰だけなら訪問看護はうけられないということだ。



これをどう解釈したらいいですか?


看護協会のみなさん、医師会のみなさん、医療に携わるみなさん!!

どうおもいますか?


この国はできるだけ最後まで家で暮らし、家で死ぬことを推奨しているのですよね。

それなのに、こんなにお金がないと家で死ぬこともできないのです。


最期の時間を苦痛なく、安心して過ごすために、専門的な知識を持った看護師さんの存在は不可欠です。


この国はいったいどこへ向かっているの?


どんな姿を想像するの?


みんなで考えてみませんか?


すずらん館では最近暖かい話がある。


『滑った』 のIさんのことである。


Iさんには意中の人がいる。


Iさんの部屋の目の前の部屋の女性だ。


数ヶ月前から「いっしょになる」と言っている。


お互いまんざらでもない。


(こうなるのには、ある出来事があった。そのことを語ると長くなり、複雑な記事になるので書かないことにする。ただ、今は、今の現状だけお伝えする。)



今日、午後になりすずらん館に顔を出し、リーダーと業務の打ち合わせをしていた。


私のことを認識しているIさんは私を見つけて、そろそろと寄ってきて、私の隣のイスに座り、同時にリーダーにイスを差し出し、そこに座るよう合図をした。


二人に話があるのだという。


こんなことは今までに何回もある。

私を見つけては「いっしょになる」話を静かに語り、時には「仲人」を頼んできたり、「発起人」を頼んだりしている。


今日も同じで、「あんたたち二人に頼むな。あんたが主になってやってくれ」とリーダーを指差す。

私はどうするのか聞くと、「あんたはこの人の補佐として」という。


なるほど、リーダーが発起人代表で、私は発起人。

つづけてIさんはあと何人発起人がいればいいか?と考えているようだった。


また時期はいつごろを考えているか聞くと、「2月は逃げる、だから3月はどうかと思ってよ」という。


なんとしてもセレモニーをやりたいらしい。


「自分の兄弟や部落の人を招待して、向こうも同じくらい集まったとして50・50でまあ100人くらいか・・・・・?

そんな恥ずかしいことはできない。

どこか○○○○ホテルとか借りてよ・・・・・その辺のところ二人に頼むからな。」

というので、わかったよと伝えた。


こうなるのには複雑な経過をたどっており、今は二人がそれでいい関係ならこのまま暖かく見守り続けようということになっている。それはご家族にもお話をして、双方ともこのまま仲良く暮らしてほしいと願っている。


本当に「入籍」するのではなく、ここで末永く暖かく暮らしてほしいというのが、周囲の想いだ。


しかし、Iさんは「男のけじめ」としてどうしても形として残したいらしい。


以前からカンファレンスでもこのことについて検討している。


本当にセレモニーを行ったらいいのか。

行うとしたらどんな風にやったらいいか。

相手の彼女は望んでいるのか?

嫌がっているのではないの?

こんな話も出てきていた。


それにしても、幸せそうに見える。

うらやましい限りだ。

彼女のいないリーダーもうらやましいという。


その後の経過をお楽しみに。


車いすは移動の手段であり、通常長い間座るものではない。


そう言われ続けているのに、なぜ、みんなやめないのかな?


「それはよくない」と言われるのには根拠がある。


その根拠を学んで、理解して、実行する。


なぜそれができないのか?


体を治す医療機関、リハビリを専門に行う介護施設、であるにも関わらず、それをやめない。


理由がわからない。


素朴な疑問である。


水野先生の「実践パーソン・センタード・ケア」を読んで共感し、一度先生のお話を聞いてみたいと思っていた。


今日それが叶った。


やっぱり本を読んだ時と同じに共感した。


BPSDをどの程度のものをいうものなのか。

先生は「いつでも、どこでも、誰といても」起こっている症状がBPSDというのではないのか。

そう話された。

先生のところに相談に来るかたはほとんど入院し様子を見ていると症状が落ち着いていくという。

診断の間違いにより、入院して薬をやめたり、調節により症状が改善した人が少なくないという。


ケアや薬の処方の仕方によてよくなるものはBPSDとは言わないのではないか。

どんなに重度の認知症でもパーソン・センタード・ケアをあてはめることで、よい状態に導くことができると話されていた。


H子さんを思い出した。

花縁ができた5年前に、花縁開設とともに入居された方。

ほかのグループホームで問題老人とレッテルを張られ、出て行ってほしいと言われたが、その『問題』と認識されていた症状があるというだけで、どこの施設でも受け入れを拒否されていた方だ。


必ず花縁で引き取るということを条件に老健に入所。

花縁開設まで預かってもらった。


しかし、花縁に入居しても何一つ問題はない。

おしゃべりするお人形に食事や水分を与え、「めんこい・めんこい」を連発して、よく笑う素敵なおばあちゃんだった。

どこに問題があるのだろう。


花縁で「問題は誰のための問題なのか」を私たちに教えてくれたのがこのおばあちゃんだった。


そのグループホームでは問題(BPSD)だったが、花縁ではそれがなくなる。

ということはBPSDではない。

むしろ作られたBPSDであったということ。


それを私たちは実践を通して学んでいった。

なによりも重要な学びを彼女たちが自ら教えてくれている。


与えられるだけの存在ではない。

彼女たちから学ぶこともたくさんあるってこと。

彼女たちからたくさんのものを与えられているってこと。


またそれを再確認できたお話だった。


先生、ありがとうございまいsた。


今回のSOSネットワークシンポジウムの模擬徘徊訓練では、約200名の人たちが澄川町内会を行方不明の高齢者を探して歩いたことになりました。


みなさん、どんな気持ちで参加されたのでしょうね?


この模擬徘徊訓練を単純に「鬼ごっこみたい」と表現することもありますが、実際の行方不明者を「探す」という行為は本当に切実です。


どんな影も、どんな足跡も可能性があると信じて目を向ける。

お願いだからいてほしい!!と懇願するように必死で探しています。


行方不明者の捜索の中でも、特に徘徊高齢者の場合は一緒にできない事情があると思います。


そのため今回のように「SOSネットワーク」として捜索をするというシステムの構築を
警察も願っているのです。


残念ながらこの地域ではまだ多くの人に情報が伝わるシステムになっていないのが現状です。


でも今回のようにたくさんの目があれば、その時間を最短にすることができるのではないでしょうか。


だからこれからなんです。


今回の会は通過点にすぎません。

もちろん来年もどこかでやります。

同時にあちこちでやったっていいじゃない。


そして捜索依頼場所をもっと増やして、協力してくれる方たちを増やして、連絡体制のシステム作り、強化をしていきたいと考えています。


誰がやるかはどうでもいい。


責任のなすりあいはせずに、自分ができることをしましょう。


できることからでいいです。


あなたができることはなんですか?!


またみなさんのご協力お願いします!!!!!


昨日行われたSOSネットワークシンポジウムの参加者は約273名!!


こんなにたくさんの方たちが集まってくれました。


苫小牧市長のあいさつから始まり、約200人による澄川町内会の捜索体験。

みなさんほんとうにありがとうございました。


多くの方たちに支えられたすばらしいシンポジウムであったと実感しました。


一人一人が考え自分のできることを、自分の責任と行動の基、行った結果がこの会でした。


想うことはひとつですね。

『安心して暮らせる地域づくり』


誰がどう考えていようと、このテーマは共通のもの。

形として表現したとき別のものにみえることがあっても、このテーマがみんなの目標なのだ。

だからこんなにたくさんの人が来てくださったのだと思います。


みなさんのご協力に深く感謝いたします。



感謝!!!


SOSネットワークシンポジウムが近づいてまいりました。


今日現在の参加申し込み者は247名になりました。


ボランティアさんも入れると軽く250名を超えます!


いったいどのくらいの参加者になるか全く予想できなかったのだけれど、正直こんなに集まってくださるなんて想像を超えました。


それだけみなさんの関心が高いということなのでしょうね。


認知症の抱える問題のひとつとして、各地で取り上げられていることだからこそ、こんなにたくさんの人の関心に繋がるのでしょう。


参加者が多いことはうれしいこと、ですが、そのうれしい悲鳴とともにイスが足りないことが現在の切実な課題となっています。


どなたか無料で20脚くらいのイスを貸してくださる方はいませんか??!!!


よろしくお願いいたします!!






北海道GH協会、網走ブロック理事でありますグループホーム和の高橋佳三さまから大切なお知らせが届きましたのでご紹介いたします。

『先日、10月17日(日)に北見合唱祭がございまして、管内の11事業所入居者43名、スタッフ28名が「ひばり合唱団」という名で参加させていただきました。今年で6回目の参加になります。そこでNHK北見放送局が特集したいということで、練習風景や利用者さんにインタビュー(和で行われました)されたり、当然合唱祭当日の模様も放送されました。まず網走管内のローカル番組で放送され、そして全道放送もされましたが、NHKの内外でとても反響があったということで、今月29日(金)午後2時から「お元気ですか日本列島」でも放送されることになりました。皆様何かとお忙しいとは思いますが、お時間がございましたら是非見ていただきたいと思いご報告させていただきました。』

是非、ご覧下さい。

よろしくお願い致します。



10月29日(金)午後2時 「お元気ですか日本列島」です

是非爺様や婆様やスタッフや仲間達の晴れ舞台と一住民市民として生きている姿をご覧下さい。


みなさん!一緒にみましょう!!


アセスメントは何のためにするのかをもう一度考えよう。


ほかの施設の方からこんな相談を受ける。

「スタッフの人数が少ないときに、出て行こうとするときはどうしたらいいですか?」

「スタッフに見つからないように出て行こうとする人はどうしたらいいですか?」

「帰ると出て行こうとするお年寄りを一生懸命に説得して出て行かないようにしようとするスタッフはどうしたらいいですか?」


『一言で簡単には答えられない』というのが答えだ。


なぜなら、私はそのお年寄りのことを何一つ知らないし、その事業所の内情を一つも知らないし、そのスタッフのことも何一つ知らないからだ。


どうしたらいいかわからない事柄の内側には、数え切れないほどの情報があり、それをひとつひとつ知恵の輪を解くように紐解いていく必要がある。

さまざまな角度から見つめて本当に必要な重要性の高いものから順番に実行していくわけだ。


そのために必要なのがアセスメントだろう。

これをしないで適切なケアなど見つかるわけがない。


こんなときどうしたらいい?

あんなときどうしたらいい?

は、単純にその場しのぎの対応に終始し何の解決にもならない。

ただ具体策を講じているだけで、その具体策の根拠も言えない。

そしてそのお年寄りにどうなってほしいかも考えなければ、自分たちの事業所がなりたい姿も思い描けていないのが現状だ。


だれでも最初はそこからスタートするのだと思う。

でも、少しずつ少しずつパズルをはめていけば、どんな絵なのかが見えてきて、完成させたいと思うようになり、完成したら楽しくなっていく。

その過程では知恵の輪がほどけなかったり、パズルを1個なくしたりするかもしれない。

でもきっと知恵の輪は解けるし、なくしたと思っていたピースも必ず出てくる。


それがアセスメントで完成した絵は私たちのあるべき姿。


どんなアセスメントをするかによって、あるべき姿も変わってしまうことを理解していかなければいけない。


「○○さんだからできるんだ」

「私たちには無理」

なんていうことはもう止めないか?


そんなことを言っていたって何も変わらない。

自分たちの場所で自分たちのあるべき姿を想像して創造しよう。

自分たちにできることはいっぱいあるはずだから。


SOSネットワークシンポジウムを開催します。


日時:11月7日(日)9:30~

場所:苫小牧市立澄川小学校・体育館

参加費:無料

昼食:カレーライス

内容:AMサポーター養成講座・GHの現状・GHでの取り組み等々

   PM模擬徘徊訓練



グループホーム「花縁」物語


午後の模擬徘徊訓練は澄川町1丁目から8丁目全域に渡り、模擬徘徊者が歩きます。

そのひとを見つけられるかどうか体験してみます。

聞いた情報を基に探してみます。


もし見つけられたら、声をかけてみてください。

声をかけてくださった方には、サポーターがカードをくれます。

模擬徘徊者は2名。それぞれ2名のサポーターを配置する予定です。


一人で出かけてしまって家に帰れなくなった人。

「帰る」という想いを胸に一生懸命歩く人。

自分にはしなければいけないことがあると目的のために歩く人。


でも帰れなくなってしまう人が認知症です。

少しの支援でいいのです。

身近な地域で見守れることが少しの支援なのではないでしょうか。


そのためにはみんなの意識が必要なのです。

地域で暮らす多くの人たちの、ほんの少しの意識によって、お互いに支えあうことが当たり前のようになり、安心して暮らせる地域になっていくのではないでしょうか。


参加申込書はございますが、どんな用紙でもかまいません。

お気軽にFAXしてください!!!



グループホーム「花縁」物語

みなさまの参加をお待ちしております!!!