今日は、グループホーム花縁ときわ館の誕生日です。


満2歳を迎えました。


3年目に突入しました。



もう2年が過ぎたんですね。


ときわ館が開設した直後に私は約5週間に渡る指導者研修に行ってしまった。

スタッフたちは心細かっただろう。

不安だっただろう。

とりわけリーダーたちは大きな目に見えない不安を抱いていただろう。


でも彼女たちはその不安な思いを跳ね飛ばし、お互いに力を合わせて頑張ってくれた。

彼女たちのその努力があったからこそ、こうして無事に3年目を迎えることができたんだと思う。


ほんとうにありがとう。


しかしこれはときわ館だけのことではない。

どこのポジションのリーダーもスタッフもみんなほんとうによくやってくれている。


みんなが一生懸命、じじ様ばば様のことを考え、守ってくれているから、どの場所でも真剣に生きることを考えているから、多少困難なことがあっても、乗り越えよう!一緒に頑張ろう!って思える仲間たちなんだと思う。


離れていても、感じあい、見守りあい、認め合い、支えあい、助け合える関係ができているんじゃんないのかな。


すばらしいスタッフたちに出会え、一緒に頑張っていられることに感謝!!


花縁のスタッフたちは本当に素晴らしい。


ほんとうにみんなありがとうございます。


これからもよろしくね!!



先日入居された、あの「あるおばあちゃん」 のその後である。



お部屋に入ったその時は、私たちに

「ここはどこですか?養老院?どういう人がはいるの?いくら?トイレはどこ?」等々

とにかく質問責めだった。

そして

「ここへ来るなんて、はじめて聞いたの。わたしてっきり家に帰るんだとばっかり思ってたのに・・・・・」

と、娘さんに対してやや不機嫌だったらしい。




それでもトイレの場所をしっかり覚えて、

自分がここで暮らすことをゆっくり覚悟していったのだと思う。


当事業所の担当ケアマネの見解では、ベッド~車椅子の移乗はひとりでできるようだという。

初めて暮すわけだから、勝手がわからなくって当り前。

でも慣れてきたら、勝手がわかってくるだろう。


初日から、部屋の中にある箪笥の中を見ていたという。

そして、なんと彼女は自分で車いすに移り、車いすを動かして、トイレへ行き、様を済ませ、ベッドへ戻ることができていた。

今日、その姿を見させていただいたが、途中でジュータンが切れているがそこにはバレーシューズが用意されており、その着脱もきちんと自分でできている。

おまけに、そのバレーシューズが車いすのタイヤにひっかからないように、ちゃんと脇に寄せてから車いすの操作を始めたのだ。

ベッドへ戻るときも、なにも危なくない。

膝をついてゴロン、と横になる。


ほんの数日でここまでできるようになった。

もともと彼女の中で車いすは移動の手段としてきちんと認識されている。

ブレーキも必ずかけるし、毎回きちんとペダルに両足を乗せる。

こんなに完璧に車いすを使える97歳のおばあちゃんには会ったことがない。


たいしたもんだ。


そして、すぐに彼女はみんなの人気者になった。

すずらん館で最高齢のアイドルになったよ。


今年の春頃、ある老健を退職した看護師さんが見学に来た。

グループホームや小規模多機能がどんなところか知りたいということだった。


まず知りたいと思うことを事務所でお話しした後、ホールの見学に行った。


ユニット内を案内しているとき、たまたま前を歩いていたおばあちゃんを後ろから静かに眺めるようになった。


そのおばあちゃんはその1か月前に大腿骨頸部骨折をして退院してきたばかりの状態だった。


退院して間もなくだったがもうすでに付添によってカートを押しながら歩いてもいい状態だった。

花縁には頼りになる整形外科があり、骨折も短期入院で元気になってすぐに帰してくれる。

もちろん前のようにスタスタというわけにはいかないが、ゆっくりでも一人で歩くことができるようになる。


そんな話を彼女たちに教えていた。

そしたら、自分たちがいた老健ではありえないというのだ。

骨折したらまず歩かせることはない。

ずっと車いす生活になるという。

また転倒して骨折したら困るからだという。


彼女たちは骨折後に歩いているおばあちゃんを見てびっくりしていたが、わたしは老健という施設で骨折後は歩くことがないことを聞いてびっくりした。

老健というのはリハビリが中心の施設ではないのか。

自宅復帰に向かうためのリハビリを行うところなのではなかったか。


それぞれの施設でそれぞれの役割があるはずだが、なかなか理想どうりにはいかないと常々思っていたけれど、この話を聞いて益々その現状が見えてきた。


このおばあちゃんも、もしその老健に入って骨折していたら、歩けなくなっていたのだろう。

このおばあちゃんは骨折して、今迄通り自由に動けないことをひどく嘆いていた。

もし、一生歩けなくなっていたらどうなっていただろう。


骨折してしまったことは残念なこと。

スタッフたちも状況はどうあれ(防ぐことができない場合であっても)、それぞれにもっとできることはなかったかと考え、もう二度とこうならないように、更にスキルをアップさせようと取り組んでいる。


その結果が、こうしてもう一度自分の足で歩くことへの支援の姿なのだ。

自分の足で歩くことが、こんなにも当たり前のことなのに、当然のことのように歩いてはいけない環境を支援する側が提供している事実を考えたい。


みなさんは骨折によって歩くことを諦められますか?




すずらん館(安心ホーム)ではまたグループホームと違った事情でさまざまな出来事が起こる。


グループホームよりも自由な感覚で、自立度も高く、より自分らしい生活が営める場所である。


だから、開放的な気分になり、それゆえに体と心を持て余す実情が見えてくる。


でも、花縁で行う「自立支援」にグループホームも小規模多機能も安心ホームも変わりはない。


残っている能力を存分に使わないと。

残っている「生きる意欲」を存分に引き出さないと。


だから、みんなに投げかけてみた。


花縁には「老人クラブ」があるんだよ。

グループホームであるおじさんが作ってくれたものだけど、そのおじさんがいなくなってから、消えそうになっている。


その取り組みをすずらん館だったら受け継げないか!!


彼らにはその能力がまだまだたくさんあるはずだ。


現に、先週行われた敬老会では何名かの利用者さんが「水戸黄門」を立派に演じてくれたから。

みんなとってもいい表情で自分の与えられた役割を果たしてくれた。


できるんだ。


やらせてないだけ。


だったらやっぱりやってもらおう。


こんな簡単なこと。


あのときのように「会議」を開催した。

来月の行事である「紅葉狩り」について。

司会者を決めて、1階と2階の責任者を決めて、話を進めた。

みんな積極的に意見を出したらしい。


スタッフも「ばっちりでした。もうみんな一生懸命参加してくれたんです。」って感動していた。


老人クラブ再燃の予感。


老人クラブを引き継ぐ人たちがここにはたくさんいるんだ。


その可能性を私たちが引き出さないといけない。

それが私たちの専門性だろう。


楽しみがまたひとつ増えた!!!


自分の過去の悔やんでいるものをどんな風に解決してきたの?


反省して、もう二度と繰り返さぬよう、心に深く刻んでいるだろうか。


過去を悔やんでいても、過去には戻れない。


ならば悔やんでばかりいないで、良い経験をしたと思い直し、新しい自分と出会うことを選択したらいい。


でも時に人は、その悔やんでいる過去の自分にがんじがらめになり、もっと苦しい迷路に迷い込むことがある。


それはなぜか?


悔やむような経験をした自分を認められない。

失敗した自分を許せない。


その悔しい感情がいつまでも残っているから抜け出すことができないのではないの。


自分の思い描く自分と、真実の自分との間のギャップが大きすぎることさえも見ようとしない。


真実に自分の存在も否定する。


さらに、その悔しい経験は自分だけが悪いわけじゃないと言い訳をして。


あの悔しい出来事は

運が悪かったから、

たまたまこうなってしまった、

あの人がいたから、

あの人のせいでこうなった、

自分の周りの環境が良くなかったから、

などなど、すべて周りのせいにしてしまう。


そして


あたかも前を向いて歩いているようにみえるけど、実は逃げているだけ。


悔しい感情から遠ざかるように逃げているだけ。


そんな風に見える。


すべてはみんな自分から始まっている。

原因は自分の中にある。


だから


悔しい感情、悔しい自分と向き合って、真実の自分の姿を直視してほしい。


そうしたら、すっきりして、気持ちよく、生きやすくなる。


新しい自分は幸福な人生を歩むんだよ。


そのほうがいいと思うけどね。


96歳のおばあちゃん。


足腰が弱くなり、転倒を繰り返し腰の骨がボロボロになった。

立ち上がりがやっとの状態で、歩くことはできないために、車椅子を常時使用している。

耳が遠くて、軽度認知症がある。

いわゆる危険行為があるためにセンサーマットをセットされている。


自分のことは自分でしたい。

自分のことができなくなったら終わりだ。

人の世話になんてなりたくない。


こんな想いを抱くのは誰にでもあること。

認知症になったからといって、すぐに他人の世話になれる人なんていない。


だからこのおばあちゃんも、自分の不始末は自分の手で処理しようとする。

失禁してしまった便をなんとかしようとする。

トイレ内で奮闘する。


しかしきれいに上手に処理できず被害は膨らむばかり。

結局、誰か(スタッフ)の手を借りることになる。


自分では歩けると思っていて、車椅子があったら、ポータブルトイレがあったら、自分で移ろうとする。

しかし、転んでしまって一人で起きれなくなる。

そしてまた腰を痛めてしまう。


何度伝えても、その危険行為はなくならない。

何度言っても、ナースコールは押せないし、同じ行動を繰り返す。

だからセンサーマットをセットしている。


そのおばあちゃんのご家族がスタッフにこう言われた。

『汚れたものを自分で処理するために、かえって何倍も大変な状況になります。私たちは○○さんに、58分(入居総人数)の1の介護しかできないのです。だから言うことを聞いてほしいのですが・・・○○さんは頑固でわがままで自分の非を絶対に認めません。』


ご家族はこう言われたと、何度も何度も私に訴えた。

会うたびに何度も訴えた。

きっと忘れられないことなんだろう。

自分の親を攻められた気分になったろう。


96歳のあるおばあちゃん・・・・・


今日、毎月恒例のY先生の往診の日。


楓ユニットのEさんはサバサバした性格のおばあちゃん。


今日、先生の診察の時のこと。

先生への挨拶のあと、彼女は

『先生、早く逝きたいと思っているけど、なかなか逝けません。』

と笑って言う。


私が

「早く逝きたいの?」と聞くと

Eさんは

『うん、じいさんが待ってるからね。でも迎えに来てくれないの・・・・・これやってるから・・・・・あの世で楽しんでいるんだ!!』

と小指を立ててまた笑った。


私たちは「?」なんだろう・・・って思ったら

先生が「これはおんなだな!」って小指を立てて笑ったの。


そうしたらEさんも

『そうなのさ、だから迎えに来たくないのさ!!』

ってまた大笑い。


みんなで大笑い!!


たのしくやってるんだね!きっと!!

一般社団法人北海道認知症グループホーム協会主催の「認知症介護実践者研修」が、8月24日から27日の4日間にわたって、苫小牧で行われた。


今まで、このような研修は札幌でしか行われていなかったが、今年からは各地で行われることになった。


第1回目は北見、第2回目が苫小牧だった。


私たちにしては初めての経験だった。

でも苫小牧で行われることは大歓迎で、緊張しながらもわくわくした4日間になった。


初日は日胆ブロック会長による開催のあいさつによって始まった。

また網走ブロックの会長も来てくださり、この研修の開催を見守ってくださった。


また初日の講義担当が当協会会長の宮崎さんだったので、頼れる大先輩たちに支えられながらの研修開始を迎えることができた。


私もいくつかの講義を受け持たせていただいたので、講師兼事務局サポートとして4日間を過ごした。


非常に収穫の多い4日間だった。

自分のためにも、ブロックのためにも、そしてもちろん研修生のためにも・・・

非常に大きな学びになった。


そして大きなトラブルもなく(怪現象はあったけど・・・・・)、無事に終了することができた。

全員がこの前期研修を終え、また来月実習まとめ報告会で会うことになる。

みんなそれまで外部実習と自施設実習をがんばってきてください。



初日挨拶をしてくれた下川会長!遠く北見から見守りに来てくれた小林会長!、ほんとうにありがとうございました。


そして4日間一緒に担当してくれたスタッフのみんな、ほんとうにありがとう。

みんながいてくれたから無事に終えることができたと思う。

ほんとうにありがとう。

また来月よろしくおねがいします。


宮崎会長!きのうはありがとうございました。

私たちは成長してます。

こんな成長の機会を与えてくださりありがとうございます。


みなさん!ほんとうにありがとうございました!



認知症サポーターを100万人にしようとういう活動が厚生労働省の政策で始まってから数年がたっている。


苫小牧市でも認知症サポーターを要請するために、キャラバン・メイト連絡会を作って活動している。


全国で100万人養成するということは、苫小牧市では約1000人養成するのが目的となった。

すでに苫小牧市では1000人を突破している。

でも引き続きその活動は続けている。


そんな中、先日キャラバン・メイト連絡会の会長からこんな報告があった。


苫小牧市長からキャラバン・メイト連絡会に

『苫小牧市の認知症サポーターを3000人にするように協力を願いたい』

という要請があったというのだ。


市長の今回の目的を目指した取り組みといえるが、非常にうれしかった。

市長が認知症サポーターに興味を持ち、認知症の状態にある方達のとこを気にかけているということだ。


素直に感動し、感謝したい。

ありがとうございます。


もちろん協力体制ばっちり確立していきます!!


数日前、ひどい頭痛に悩まされていた。

頭痛だけじゃなくて、首も目も痛かった。


もともとひどい肩こりがあるわたしは頭痛持ちで、いつも頭痛止めを常備している。

先週の終りに「寝ちがえ」をしたらしく、左の背中が突っ張っていた。

もちろん肩こりも首も痛い。


いつもなら朝になると良くなっているのだが、今回は全然よくならない。

朝目覚めた時から頭痛止めを飲んでいた。

ところが飲んでもよくならなくて、また昼に飲んで・・・・・


こんな日が3日間続いた。

そうしたら、右の首から頭にかけて、そして右の目の裏まで痛くなった。

こんな状態になると、仕事がなかなか進まない。

パソコンに向かっても頭がさっぱりまわらない。

もうどうしようもなくて、以前から気になっていた「カイロプラクティック」に電話をして、行ってきた。

 

先生に「ひどいなア・・・・・」「カチカチだ」と言われるほどのものだった。

先生は指ではなくて、たぶん肘を使っていたと思う。

先生の指では立ちうちできないほどだったのだろう。


マッサージと骨格矯正をしてもらった。

マッサージをしている間も

「先生たすけてください・・・・・」ってこころのなかでいってたくらい。

そのくらい辛かったんだ。


その日のうちに頭痛はなくなった。


なんでも、骨が歪んでいるから、それを自然と体がかばって、骨格が変形しているらしい。

とっても気持ちがよくって、大満足!!


こんなにすっきりよくなるのなら、もっと早くいけばよかった。

先生も「もっと早く来ていればよかったのに」って・・・・・

今度はもう少し早めにいきます。

こんなにひどくなる前に行きます。


助けてくれて、ありがとう!!