お友達のやっちゃんがこうもりについて書いていたので拾ってみた。


うちはものすごく田舎でいろんな動物がたくさんいる。

鹿や狐や熊なんてて本当に普通で、そんなの全然めずらしくない。

熊はさすがに怖いから秋の夕方は一人で山の近くの畑になんていれません。出くわしたら大変だもの。


私の子供のころは野生の熊を檻で刈っている人もいて学校帰りにふきのとうとかもって檻になげいれたりしたけど食べたかどうかはよく覚えていない。

丸くなって寝る姿はくさいけどかわいかった。そのうち銃をもったおっさん達がやってきて多分睡眠銃だと思うが撃ってどこかにつれていったのだけ覚えている。


冬になると裏玄関に漬物樽をおいていたのだがいつもあらされてひどくてしかも何が食べているのかわからないので釣り針しかけたことがあって「かかったぞー」の言葉で行ってみるとテンが引っかかっていた。

赤い目をした真っ白のテン。当時実家のあたりには野生のミンクがいるという噂もあってもしかしたらミンクだったかもしれない(いやテンだろう)。

学校までの通学路には大きな川があってその川にはカワウソが泳いでいてみんなで「らっこだらっこだ!」と大騒ぎしたこともあった。


ある日のこと。

凄くうろおぼえであるが裏玄関でパタパタ言っていて見てみると黒いなんだかわからないものが飛んでいた。虫取り網で捕まえたら鳥ともなんとも表現できないものでなんか毛むくじゃらなのに羽みたいな部分には毛がない。

父いわくこうもりだそうだった。

大人の握りこぶしくらいの大きさのもので2頭身。顔は猫かねずみみたい。

きゅ~きゅ~ないていた気がする。

とりあえず虫かごに入れてしばらく飼ってみることにしたが何も食べてくれない。

生きた虫でもたべるのかなぁとかいいながら試行錯誤で考えた結果与えたものは身欠きにしんの珍味。

今考えたらそんなもん食うわけないのだが情報は何もないそのときはそれが家族の最高の結果論だった。

しかし見る見る衰弱。

結果お亡くなりになった気がする。


夏には川で遊び、おやつはそこで捕った川海老だった。

魚が食べたいといったらその日の食卓に上がったのは川で取れたカジカだったこともある。

いま思い出しただけでもぞっとするのは「うなぎが食べたい!」と豪語した私のために母がバケツいっぱいのヤツメウナギを取ってきた。八目うなぎはバケツの壁に張り付きふわふわと泳いでおりそのおぞましい口とグロテスクな体におののいた。そして何より驚いたのはそれはぶつ切りとなりただ甘しょっぱく煮ただけのもの。食べてみたものの泥臭くてオエッとなったのを覚えています。母よ。ごめんなさい。

今はどじょうも食べれるくらいたくましい女性になりましたがきっと今も八目うなぎは食せないと思います。


あとは蜂の子は旨かった。

蜂も蜂の子もフライパンで炒って塩で食べるのだがなんともジューシーだった。旨かった。


夏はクワの実のコクワを食べ山葡萄を取って遊んだ。グスベリはすっぱかったしカリンズはあまり好きではなかった。



都会にはいろんなものがあふれていてそりゃすすんでいるだろうけど田舎には田舎にしか体験できないことがたくさんある。

今考えると凄くたのしい子供の時期を過ごしていたのだと思う。

田舎を馬鹿にする大切な人にこれをいつか教えてあげたい。まぁ聞く気ゼロでしょうが。

自分の価値は自分が決める


最近人に言われた言葉です

いつも自信がなくて

こんな私ではこんな私が近くにいるのは駄目だと

諦めたことがありました


今の自分をつくってきたけど

それは自分自身の本当の姿なんだけど

それでも後悔ばかりで悩んでばかり


ここ数日また凹んでばかりで

20年前の自分に

どうして自分の本当の気持ちを隠したのかは

自分でもわからないけど


もう時間はどんどん過ぎてしまった


自分の価値は自分で決める


どうしようもないことにとらわれていたら

自分の価値すら見出せない


とりあえずできることから

とりあえずやれることから


その後はまたその後決めよう


そしたら自分の価値が

また見つかるだろうか?


いや

見つけないといけない

人には得手不得手があります。

でもその場に「適応」していけることはできますよね。

上手じゃなくてもなれるというか、今ここにいるからコレはできないけど1年いたらできるようになる。たとえば海外に行って英語がしゃべれるようになれるみたいなね。


人にはできないこともたくさんあるけど違う面でできることもあるからたくさんの人で「できる」人同士が助けあうてのがいいんだと思うんです。


私の「出来る」ことは何の役にも立たないひとも沢山いるけど、「できる」ことに助けられてる人もいるのも確かだと思っていましたがとことん駄目だしされると結構へこむというのを体験しました。


捨て台詞に「わたし結構コレでもできる子だと思うんだけど!」とはいったものの実際でききていなければ「なにをいってるんだか」ですよね。


思ったことは要するにこれまでの生活で体験しているかどうか。

体験経験がなければ対応なんで無理だし、更に言えば体験していたとしても意識していなければその体験を応用したり自分にすりこんだりできないでしょう。


子供のころから好奇心旺盛で沢山のことにチャレンジしたし努力もした。そのせいで嫌な事も沢山言われたし、普通じゃないみたいなことも言われたけど、すべてひっくるめて少しずつだけど活かしてきていると思ったんだけどなぁ。


生きていくて難しい。