彼と付き合いを始めて何年たっただろう?
つかず離れずでもう8年。
彼はとても自由なひとだから私の意見なんて聞くことなんてまるでない。時々見せるやさしさはあっても結局いつも彼のペースでどうして続いているのか時々わからなくなる。好きというより腐れ縁?一緒にいないことが多いからどこで何をしているのかわからない。彼がどう考えているのかも・・・。
でもひとつだけいえるのはとても家族を大切にしていることだけはわかる。マザコンか?と思うほどお母さんと仲がいい彼。一度それで言い合いになったこともあった。
「家族だからね。逆にどうして貴方が怒るのかがわからない」これが彼の言い分だった。
あっそう。もうどうでもいいわ。
諦め半分での中途半端な付き合いで、私の仕事をしているからそんなに彼になんてかまっていられないし。
いつ愛想をつかされるかわからないし・・・。
職場が変わることになったのを聞かされたのは一ヶ月前だった。
今よりももっと遠いところにいてしまう彼。会える回数もきっと減ってしまうし、そろそろ潮時かーなんて思っていたときに「実家に帰るから来い」という。
彼の家には何度か足を運んだことがあった。
学生の時に実家から通ってたためデートの後に遊びに行った。
一番初めに行った時のことは今でも鮮明に覚えている。
帰りの列車がなくなってしまい急遽彼の家に泊まることになってしまったから手土産も持たずしかも凄く遅い時間にお邪魔してしまった。朝起きると私の分の朝食も準備されており凄く恐縮しながら食べたご飯は緊張で味わうこともできず何を話していたのかさえ覚えていない。ただ入れたての暖かな紅茶がオレンジペコだったこと。日のさす明るいリビングに座っていたお父さんがとても印象的だったこと。
私は自宅に帰り真っ先に彼の家に電話をした。
出たのはお父さんだった。
今彼はいないことを告げられたので、彼に用があったわけではなく、突然お邪魔したことのお詫びと無事自宅に着いたことの報告、そして御礼をした。
優しくそれでもしっかりとしたおとうさんの声。どことなく彼に似ていた。
後から聞いた話だが、お父さんは目が見えない人だった。
聞いても私が何とかできることでもないので詳しくは聞いていないのだが、とりあえずは生活に支障はないという。だからお父さんは私のことをほんの少ししか知らないだろう。
俺は先に帰ってるから、とりあえず来い
そういわれたのでわけのわからないまま実家に行った。
玄関のチャイムを鳴らし、出てきたのはお母さん。
ご無沙汰をしていたので挨拶をして買ってきたお菓子を渡し家の中に入った。
広いリビングで彼とお父さんが話をしていたのだが私に気がつき、「来い来い」と手招きされたので彼の近くに座ったのだが。
「俺結婚するから」
!!!「そうなの!誰と!」とっさに口から大きな声が出た。
怪訝そうな顔でにらまれ「あんたしかいないだろう」と告げられた。
あまりの衝撃に立ち上がったまましばらく状況がわからなかった。
何も聞いてないけど。結婚したいとなんて思っていなかったし。
私・・・彼の家族に好かれていないと思ってたし・・・。
そしてこの日も皆で食事をしたがまたしてもどんな味がしたのかも覚えていなかった。
帰り際、見送りをしてくれた彼とお母さん。そのころにはすっかり緊張も解けていてただ脱力の私だったがひとつ気になることがあった。それはお父さん。
どうしても納得できそうになかったのでもう一度リビングに戻りお父さんの近くにひざまずいた。
「お父さん」一言言ってから手をとった。
「よろしくお願いしますね」そういってきゅっと握った手はあたたかく柔らかかった。
「こちらこそ」そういってにっこり笑ってくれた。
その後彼の引越しなどの関係もあり何度も彼の実家に足を運びお父さんとも随分話をするようになった。
引越しを機に籍を入れるとこになりその報告に行ったとき、私はふと思ったのだ。
おとうさん・・・私の声はわかっても私がどんな顔をしているのかわからない。
凄く悲しくなった。お父さんの中で目が見えなくなってからは覚えている景色や家族の顔で止まっている。きっと彼がどんな顔立ちになったのかも知らない。
可哀想というよりまだ自分が認められていないような気がしてたまらなくなったのだ。
突然泣き出した私に彼は驚いてどうした?と聞いたが答えられなかった。するとお父さんが私の膝をとんとんと叩いた。
私はそのままお父さんの手をとって彼の方へ引っ張り手で彼の顔をなぞらせた。
「お父さんに似てるんだよ?ちょっとユキくんの方が太いけどね(笑)」
そして今度は私の頬にお父さんの手を持ってきて「私ねかわいくないの。目は小さいし口は大きいしはなぺちゃだし・・・わかる?」そういって顔をなぞらせた。お父さんは優しく笑って「わかるわかる」といってくれたがもう涙が止まらなかった。
「ごめんね。こんな私なのに娘になっちゃうよ」というと頭をなでてくれた。
私はそのままお父さんに寄りかかるように抱きしめたのだ。
「お父さん・・・よろしくお願いします」
そういうとぎゅっと抱きしめてくれて「こちらこそよろしくお願いします」と一言。
私はまた泣き出してしまった。
目が見えなくてもこうして触ることができる。これからも何かあるたびにお父さんに触れてみよう。そう思ったので本人に話して承諾を得た。
これから私は彼の家族になる。彼が大切に思っている家族の一員。自己満足だけど少し心のつまりが取れた気がした。